感染防止対策でコスト増。しっかり情報発信するのも経営努力の一つ
今やほとんどのクリニックで、マスク着用や手指消毒の徹底、院内設備の除菌の強化など、感染防止対策を取られていると思います。それに伴い、自動検温機や自動手指消毒器、防護服、受付のビニールカーテンなど、さまざまなコストがかかっていることでしょう。
さらに辻・本郷 税理士法人の先生方によれば、3密を避けるために医療現場のIT化、自動化が進んでいることから、オンライン診療やウェブ予約、電子カルテなどの設備を導入したクリニックが増えているといいます。
「導入するだけでなく、これらの対策をアピールすることも大切です。今はインターネットで医療機関を探す患者が主流。コロナ禍を機に、ホームページの内容を見直したり、スマートフォン版のサイトを新設したりする医療機関も増えています」
新型コロナ感染症対策には、補助金や助成金、融資制度を積極的に活用すべし
そして、こうした情報発信にも当然費用がかかります。「新型コロナ対策にかかる費用は、さまざまな補助金や助成金、給付金、融資制度などにより賄うことができます」と辻・本郷 税理士法人の先生方は、その積極的な利用を勧めます。
「特に補助金や助成金は細かい申請が必要で、受付期間が短いものが多くありますが、返済義務がなく、積み重ねると大きな助けになりますので、ぜひ活用すべきです。後述しますが、何が起きるかわからないコロナ禍では、何よりも手元のキャッシュ(現金預金)を潤沢に持つことが肝要です」
例えば、「医療機関・薬局等における感染拡大防止等の支援」の補助金。この1月に、令和2年度第3次補正予算案で追加の補助金が可決されました。締め切りの2月28日までに申請が間に合わなかった医療機関の場合は、令和3年度に実施予定とのことなので、引き続き要チェックです。
黒字倒産しないために、まずは手元のキャッシュを潤沢にすること
返済不要の補助金や助成金だけでなく、融資を受けたクリニックも多々あることでしょう。
「コロナ禍以前の医療業界は、通常どおり運営していれば利益が出やすい構造だったかと思います。しかし患者が減って、固定費も減らない状況では、自院がどれだけ儲けているのかがわかる『損益計算書(PL)』上、黒字であっても、キャッシュが回らずに倒産してしまう危険性があります。いわゆる黒字倒産です。
そのため、まずは手持ち資金の確保が大事。今は『無担保・無利子の新型コロナウイルス対応支援資金』など、各種融資制度を利用し、キャッシュポジション=手元の現金を増やし流動性を高めることが非常に重要となってきます」
多額の融資を受けた場合、会計はどこをチェックすればいい?
しかし、忘れてはならないのが、借り入れをした場合、近い将来、売上から返済しなければならないということ。いざというときに困らないために、院長自身が数字を見る上でのポイントを知っておきたいものです。
辻・本郷 税理士法人の先生方は、「以前より、今はキャッシュの観点をより意識して決算報告するようなった」と口をそろえて言います。それでは実際、経理担当から「貸借対照表(BS)」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書(CF)」などの財務諸表をもとに月次の決算報告を受けた場合、院長はどこをチェックすると良いのでしょうか。
「少し専門的な話になりますが、ぜひチェックしてほしいのが、『貸借対照表』の現金預金残高と借入金の差額の部分です。
例えば、現金預金が1億円で、借入金が2億円だとするとマイナス1億円という差額がありますが、その差が大きくならないようにしていく必要があります。現金預金だけを見ていても、健全な運営がされているかどうかは見えづらい部分があり、ともすると経営判断を見誤ってしまうこともあります」
つまり、現金預金と借入金のバランスを常に意識し、その差が少しでも改善するような経営を心がければ、心配しすぎることはないということです。
「また、『貸借対照表』の現金預金残高と借入金の差額の増減は、言い換えると、『キャッシュフロー計算書』の『営業活動によるキャッシュフローの計』と『投資活動によるキャッシュフローの計』の簡易的な合計値になります。
『キャッシュフロー計算書』をお作りになっていない医療機関も多いと思いますが、経営状態が赤字であるか、黒字であるか、この数値をチェックすることでわかります。毎月チェックをして、改善されていくのを目の当たりにすれば安心感にもつながります。それと同時に、予算の組み方や新規事業への投資をどうするかといった計画もしやすくなりますね」
「1日にこれくらいの売上があればOK」という指標を設けるといい
とはいえ、日々、さまざまな入出金がある中で、一体いくらの売上があれば、現金預金と借入金の差が狭まっていくのか、ぱっと計算するのは非常に難しいもの。
「その場合、単価いくらの患者を何人診察すれば、借入金の返済をしていけるのかという数値目標を、顧問の税理士や会計士につくってもらうと良いでしょう。
例えば、単価6000円の患者を60人診察するとしっかり利益が出る、逆に40人だと再び借り入れが必要になる、といった目安があると、わかりやすいと思います」
どんぶり勘定でやっていたクリニックも、経費をシビアに見直す傾向に
企業が黒字となるか赤字となるかの経営分析をする方法の一つとして、「損益分岐点」を求めるやり方があります。損益分岐点とは、売上高と費用の額が等しくなり、損益がゼロとなる売上高のこと。費用とは、売上高に関係なくかかってくる人件費や家賃、光熱費、リース料などの「固定費」と、売上高に比例して増減する「変動費」をいいます。
売上高が損益分岐点を下回る場合は、損失が生じてしまいます。そのため、経費を細かく見直して、利益の出やすい運営に変えることも有効だといいます。
「これまではなんとなくどんぶり勘定でやっていたクリニックも、売上にかかわる固定費が毎月いくら必要なのか、経費をシビアに見直す傾向にあります。
優先順位としては、人件費や家賃、光熱費などの固定費は削りづらいです。特に人件費は、給与や賞与を減らしたためにスタッフが辞めてしまうと、いずれ求人にかかるコストが生まれます。人材は経営の礎ですから、出し惜しみはしないほうが良いと顧客には助言をしています。
そのため、外注している清掃業者や観葉植物レンタルなどのリース会社をやめて、患者が少ない今は常勤のスタッフで対応したり、効果の感じられない駅看板・野立て看板などの広告費を削ったりするところが多かったです」
その他、感染リスクに備えるためにも、接待交際費や出張費などを見直している先生たちも多くいたようです。
ダウンサイジングして利益体質に生まれ変わるという選択肢も
また、財務状況を見直す際には、どういう規模でクリニック運営を行なっていくかを定めていくことも大切な要素だといいます。
あるクリニックの好例をご紹介します。もともと院長を含めてスタッフ1~2人で、週3日程度で細々と運営をしていたところでしたが、コロナ禍で受診者が減ったため、スタッフにはやむをえず退職してもらい、院長一人で完全予約制のワンオペで回すことに。その結果、固定費などが減ってしっかり利益が出るようになったといいます。
「つまり、利益を出すには、売上を伸ばす方向だけでなく、ダウンサイジングの選択肢もあることを頭に入れていただきたいです。『あの人気のクリニックもやっているから』と漠然と同じやり方をするのではなく、置かれている立場や状況を知って、身の丈にあった経営手法にする。これはクリニック、病院にかかわらず、大事な観点です」
経営状態を安定させるには、地域の信頼を得られるクリニックになること
スタッフを大事にして、長く勤めてもらえるような運営をめざすことで、得られる大きなベネフィットがあるといいます。
「やはり地元密着型のクリニックは、医療技術の提供だけでなく、人とのふれあいも大事です。医師だけでなくスタッフも含め、『あのクリニックで診てもらえれば安心』という患者の信頼を得られることで、長く愛される医療機関になっていくと実感しています」
つまり、長く勤めるスタッフそのものが、リピーターを呼び、また家族や近所の方への評判にもつながるということです。そのためにも、健全な経営状態を保ち、旗振り役である院長が元気で笑顔でいることが要となってきます。
「税理士として数字をしっかり見ていくと同時に、私たちは先生のメンタルが前向きであるようにサポートする役割もあると考えています。コロナ禍では『今はみんな大変ですよ。一緒に頑張って乗り越えていきましょう』と積極的にお声かけをするようにしています」
まだまだ先の見えない新型コロナウイルス感染症の拡大による経済状況。辻・本郷 税理士法人の先生方のアドバイスを生かして、クリニック運営を明るい方向へと変えていきましょう。
<執筆者プロフィール>
招来袮子(まねき・ねね)
ライター、編集、ファイナンシャルプランナー。司法書士事務所に勤務後、出版社にて育児雑誌の制作に携わる。2004年に独立。その後は、雑誌、書籍、ウェブにて企画・取材・執筆を行う。マネー系記事を得意とし、大手証券会社や金融団体の啓蒙記事やオウンドメディアへの執筆、広告制作などを手がける。