医師の働き方改革に向けて、開業医の働き方大調査!【前編】

開業医

2024年4月から開始予定の「医師の働き方改革」。国は、長時間労働が深刻化する勤務医が心身の健康を維持しながら生き生きと医療に従事できるよう、過酷な勤務状況の改善を進めています。そのため、勤務医の働き方についてはメディアで報じられることが多いですが、一方で開業医の働き方についてはあまり報じられることはありません。
そこで今回、未来のクリニック経営に役立つ情報を独自に研究してお届けする「クリニック未来ラボ」編集部では、「開業医の働き方」について着目。前編・後編にわたって、その実態をお届けします

データで浮き彫りになった、ドクターの深刻な労働環境

ドクターは病気や疾患を治療し、患者を健康へと導く存在。昼夜を問わず患者に寄り添い、支える姿には、頭が下がるばかりです。しかしその一方で、勤務時間、労働時間の過重から、ドクターが肉体疲労や精神的ストレスで疲弊してしまっているという話もよく耳にするようになりました。

しかも、昨今では新型コロナウイルス感染症の影響もあり、勤務医も開業医も、労働時間は以前と比べてもさらに過重傾向にあるようです。特に開業医の場合は、外来診療以外にもレセプト業務からスタッフ採用・教育までクリニック運営にまつわるさまざまな仕事に時間を取られます。そんなドクターたちは十分に休みを取れているのか、自身の健康状態をしっかりと顧みられているのか、時折心配になります。

コロナ禍以前から、ドクターの労働時間超過に由来する心身への負担は問題視されていました。2019年3月には厚生労働省が「医師の働き方に関する討論会」の報告書を取りまとめ、勤務医の時間外労働の上限を設定し、2024年度までに計画的に労働時間短縮の実現をめざす方策、いわゆる「医師の働き方改革」が提言されています。厚労省が勤務医の働き方について具体的な方策を示したことは画期的でしたが、地域医療を担う開業医の労働時間や実態に関しては、現段階ではその方策の対象外となっています。

そこで声を上げたのが、医科・歯科開業医の団体である「神奈川県保険医協会」でした。開業医(医師・歯科医師)の労働実態を明らかにし、その問題点を可視化するため独自に行った「開業医の働き方」の調査結果(※)を公表し、「開業医」の労働時間や取り巻く問題点を可視化したのです。このデータは医師・歯科医師の労働時間が予想以上にストレスフルなものであることを示していました。

しかしこのデータはコロナ禍以前のもの。コロナ禍の現在では、この結果よりもさらに深刻な状況になっているのは間違いないでしょう。より良い医療提供はドクターの健康があってこそ。

ここからは、「開業医の働き方」をデータでひもといていきます。ドクターが自身の健康や労働環境を見つめ直すきっかけになれば幸いです。なお、グラフ内の数値は神奈川県保険医協会の調査結果(詳細版)からの転用です。からの転用です。

開業医の労働時間、約4分の1が週60時間を超える「過労死ライン」に相当

開業医の労働時間
外来診察時間

そもそも一般的な労働者の法定労働時間は週40時間(病院や医療機関などは特殊事業所にあたるため週44時間)、かつ1日8時間と労働基準法で定められています。法定労働時間を超えて勤務する場合は労使協定を結び割増賃金を支払うことによって、時間外労働も違法ではないと認められています。

しかし昨今、度を超えたドクターの時間外労働が問題視され、「医師の働き方改革」に向け厚生労働省が動き出しました。中でも大きな話題となったのは、勤務医の過重な労働時間を解消するために、時間外・休日労働の上限を定めるというもの。しかし自身が個人事業主となる開業医の場合、そもそもの労働基準法の適用からは除外されるため、今回の「働き方改革」では対象外です。そのため、クリニックの院長たるドクターは労働時間や内容については自己管理するしかありません。

2018年10月に行った調査によると、医師の23.2%、歯科医師に至っては実に42.4%もが、「外来診療」にあてる労働時間だけで週40時間の基準を超えてしまっていることが示されています。これに加えて診療外のさまざまな労働も加味した総労働時間の調査結果はさらに深刻です。週60時間を超える、いわゆる「過労死ライン」を超える開業医は医師、歯科医師ともに4分の1以上という結果となっています。改めて記すまでもなく、この調査はコロナ禍以前のもの。2022年現在では、この結果はさらに深刻なものになっているのは想像に難くありません。

実質の休日は「週1日」が約3割。労働時間の過重、ストレスを過半数が感じている

ストレスを過半数
在宅医療

なぜ開業医は休みを取りづらいのか。具体的な数字を見ていきましょう。

開業医が「外来診療」以外にこなすべき仕事は多岐にわたり、例えば医師の場合、「在宅医療」に「対応している」ドクターは27.1%、「在宅医療の夜間出勤・オンコール待機」は12.6%など、多くのドクターが外来以外の診療にも対応していることが同調査ではわかっています。

ほかにも「画像読影など診療の別枠の患者関連労働」は39.3%が実施。さらに「他職種連携会議など診療と別枠の労働」が29.0%、「他院等での診療」は23.8%が取り組んでいます。歯科医師の場合では、「模型調整・技工、画像読影など診療の別枠の患者関連労働」に実に71.4%が取り組んでおり、外来診療時間のみで労働時間を計ることは無意味という現実を如実に示しています。

また「医師会(歯科医師会)・保険医協会などの団体活動」には医師41.2%、歯科医師30.6%と高い参画割合を示し、日々地域医療のクオリティー向上にいそしむドクターには頭が下がる思いです。さらには「保険請求実務」といった事務作業や確認には医師56.4%、歯科医師72.2%が時間を割いているという実態を見るにつけ、ドクターたちが仕事から解放されて休日を満喫できる日は果たしてあるのだろうかと心配になります。

その上、貴重な休日でも論文をまとめたり学会に出席したりするドクターは少なくありません。実際、週あたりの休日は「1日」と回答したドクターが、医師29.3%、歯科医師27.1%。「週休1日」は一般的な労働基準法で定められた最低ラインですが、すでに週あたりの労働時間が基準を大きく上回っている現実と照らし合わせれば、これはとても十分といえるものではありません。

それを裏づけるように、こうした実態に対してドクターがどれほど過重感を感じているかを調査したデータでは、過半数が「精神的ストレスを感じている」という結果に。昨今では感染症予防の対策や設備投資にも頭を悩ませる時間が増えているのは容易に想像でき、開業医の負荷やストレスはますます重いものになっているのではないでしょうか。

健康診断は約3割が「受けていない」。献身的な患者ファーストの想いがうかがえる

患者ファースト

一般的な基準と照らし合わせても大幅に超過しがちな開業医の労働時間が見えてきました。にもかかわらず厚労省が進める「医師の働き方改革」では開業医は範囲外とあれば、やはり現段階では自分自身で健康を守るよう、セルフケアをしていく必要がありそうです。

ところが、ここでまた驚きのデータが出てきました。開業医の約3割が直近1年間で健診を「受けていない」というものです。歯科医師では実に36.6%が「受けていない」という状況。しかしその事実にも、労働時間超過や休日の取りづらさが関連している可能性は高いでしょう。患者が安心して通えるクリニック運営のため、自身の健康は後回しにするとも見て取れる今回のこの調査結果。その献身的な患者ファーストの想いはとても尊いものですが、ドクター自身が倒れてしまわないかやはり心配になります。

【前編まとめ】

いつも温かく適切な診療を行ってくれるドクターの存在があってこそ地域住民の健康は守られている──。

患者は自身の健康に不安を感じたり、実際に病気の治療を受けたりする際に、その想いを強くします。その期待に応えるべく自らの時間を削ってでも診療にあたってくれたり、より良い医療提供のための研鑽に時間を惜しまなかったりと、そうしたドクターたちの努力は患者にも伝わっているからこそ、安心して身を任せる「かかりつけ」として信頼を寄せるのです。

その分、実際の労働時間や労働状況をデータでひもとけば「開業医の働き方」はとても深刻な状況でした。ではなぜクリニックの院長であるドクターたちは、ハードな労働状況にあってもなお、より良い医療を提供しようとその理想を追求し続けるのでしょうか。

後半では、そんなドクターたちの思想をさらに深く掘り下げるべく、具体的な個別意見をピックアップしながら、医師・歯科医師としての「やりがい」や「クリニック運営の現実」にもふれ、今後どのような対策が必要となるのか考察していきます。

※神奈川県保険医協会による「開業医の働き方調査」。対象は、同協会会員の開業医(院長)3364名、開業歯科医師(院長)2390名の計5745名。有効回答が得られたのは開業医(院長)690名(20.5%)、開業歯科医師(院長)399名(16.7%)、合計1089名。2018年10月15日〜10月31日に郵送方式で調査を実施。今回示したデータはすべてこちらの集計結果を引いています。

<執筆者プロフィール>
スギウラ ミエ
ライター。愛知県生まれ。求人系情報誌の編集部に在籍し、多くの文化人、タレントへのインタビューを担当。その後独立し、ビジネス系ウェブメディアなどでインタビュー記事を多数手がけている。医療分野でも活躍し、『頼れるドクター』では長年表紙の制作などに携わり、『患者ニーズ研究所』でも冊子創刊号から記事を執筆。

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