医師の働き方改革に向けて、開業医の働き方大調査!【後編】

医師の働き方改革

「医師の働き方改革に向けて、開業医の働き方大調査!【前編】」では「開業医の働き方」の調査結果(※)をひもとき、予想以上に深刻な医師の労働環境が浮き彫りになりました。週あたりの総労働時間が60時間を超える、いわゆる「過労死ライン」を約4分の1の開業医が超えているという現実を目の当たりにし、畏敬の念を抱くと同時に、ドクターの健康維持がますます懸念されます。

開業医は勤務医と違い、自身の裁量で休日を取ったり、外来診療にかける時間を調整したりすることができるとも思われがちですが、実際には多くの医師・歯科医師が自身の休日を削ってでも、患者が安心して通えるクリニックを運営するために、そして地域医療に貢献するために、多くの時間と労力を費やしていることがデータからうかがえました。

後編では、そんなドクターたちが、労働時間の荷重や休日不足を感じながらも持ち続ける仕事への「やりがい」と、それでもやはりギリギリのところでクリニック経営に向き合っている「切実な現実」に注目。前編同様、未来のクリニック経営に役立つ情報を独自に研究してお届けする「クリニック未来ラボ」編集部が、調査結果のデータとリアルなコメントとで深掘りしていきます。なお、グラフ内の数値は神奈川県保険医協会の調査結果(詳細版)からの転用です。

過重労働でも、仕事への「やりがい」や「満足度」を高く保つドクターたち

過重労働
満足度

開業医の総労働時間については前編で示したとおり、深刻な過重さが浮き彫りになっています。そのデータから浮かんだのは、ドクターたちは開業医という「仕事」に対して、もはやモチベーションを高く保てなくなっているのではないかという懸念でした。

しかし、実際の調査結果が示したのは予想以上の「やりがい」「満足度」の高さでした。「やりがい」については医師・歯科医師ともに、「変わらない」と答えたドクターが4割以上。そして「なくなっている」あるいは「ややなくなっている」と答えた医師が23.5%と2割を超えるものの、「高まっている」「やや高まっている」と答えた医師は25.5%と、4分の1を超える割合を示します。

歯科医師では「なくなっている」「ややなくなっている」が計29.6%と3割近くに及びますが、「高まっている」「やや高まっている」と答えた割合も29.3%とほぼ同程度。仕事への「満足度」もおおむね同様の傾向を見てとることができます。

【アンケートに寄せられたコメントより】

労働時間はかなり長いものの、やりがいが大きい仕事ですのであまり苦とは感じていません。むしろ休日もカルテの振り返り(見直し)を行ったり自主学習をしたりしています/脳神経外科 50歳代

自院勤務以外の仕事、活動が多いと感じるが、開業医がやるべきものと心得ている/外科 50歳代

診療所へ行かなくてもよい日は1ヵ月に 1~2日。委員会や読影、研究会の世話人としての運営や自身の研修で真直ぐ帰れるのは週に1~2回。それから勉強。我ながら仕事中毒と思うが、好きな仕事なので毎日楽しい/内科 60歳代

お口の健康が体の健康に繋がり噛むことが認知症予防となるなど、昔の歯科に比べてやりがいを感じます/歯科 60歳代

ドクターたちが感じている「やりがい」は、同調査に寄せられた医師・歯科医師のフリーコメントからも見てとることができます。

もちろんこうしたポジティブなコメントばかりではないですが、たゆまず研鑽を続けること、それ自体がモチベーションとなっているドクターの姿が浮かび上がります。その努力によってプライマリケアのクオリティー維持・向上が担保されているということを、より実感します。

ドクターたちの切実なコメントから浮き彫りになる、開業医の窮状

とはいえ、同調査に寄せられたフリーコメントには、まさにギリギリのところで踏ん張って地域医療の質を維持しているドクターたちの本音もあふれていました。

【アンケートに寄せられたコメントより】

開業医は全て行わないといけないのでやりがいはあるかもしれませんが毎日休みなく孤独で大変だといつも感じています。代わりがいないことが一番きつい/内科 50歳代

ストレスチェックなどの職員の健康管理や労務管理、保険会社への診断書作成、複雑な請求業務など診療以外の仕事量、労働時間、精神的ストレスが多すぎる/整形外科 50歳代

診療報酬が毎回改悪され、何をやっても利益が上がらなくなってきている。一方従業員の最低賃金上昇、消費税取れない、機械類はメンテナンスが多く、経営を維持するのがやっとで従業員の給料を上げてあげたいが難しい/内科 50歳代

一人の医師が自己の時間を犠牲にして数多くのクライアントを診療するという図式は、 精神科も同様です。過重労働に加齢も加わり、診療の後半には疲労で流涙しそうになることもあります。これでは診療の質の低下にも繋がりかねません。一人の医師が出来ることには限界があります。国の対策が望まれます/精神科 60歳代

(点数計算について)湿布の部位と枚数を書くなど、仕事量が全体に増えてばかりで疲れます/整形外科 40歳代

開業20年になると、機械等次々とダメになり、後継者のいない当院のような医院は投資すべきか(買い替え)廃業か、今、一番の悩みであります。全て高額なので開業するのと同じくらい資金がかかってしまい、死活問題であります。しかし患者さんのことを考えると、どうしたものかと…/歯科 50歳代

(自身の健康について)在宅患者へオンコール(夜間)、深夜の往診、睡眠時間4時間で毎日14時間労働を続けていたら、マラソン救護中に心肺停止して AED にて蘇生された。生保や介護の書類が多過ぎるため、ストレス、自律神経性VF(原文ママ)を発症したものです。使命感やプロフェッショナルプライドの自己満足な仕事です/小児科 70歳代

外来診療以外の労務や雑務に追われることで自身の休日や休息時間が削られるばかりか、自身の研鑽のための時間さえ取れない──それがドクターの大きなストレスとなっているという構図が浮かび上がります。

保険診療の点数計算の煩雑さもそうですが、そもそも診療報酬の見直しにより、診療内容に見合わないと感じられるような低報酬の治療などもあるようで、思うように利益を上げることができない不安が開業医には付きまといます。そうした不安感から、労務作業のためのスタッフ採用や外注に踏みきれず、ドクター自身がすべてを行ういわゆる「ワンオペ化」が進むという悪循環が生まれているようです。

また、ピックアップしたフリーコメントにもありますが「代わりがいない」というプレッシャーもまた開業医には切実です。もちろん代診医師の雇用を考えるドクターも多いはずですが、それもまた患者の健康を預かっているという責任感に加え、クリニックの損益を考えて躊躇するケースも多いようです。

こうした現状には、調査を行った神奈川県保険医協会も「第一線医療が開業医の職業意識の高さでギリギリ支えられていることを意味しており、このガラス細工の現状は、いつでも決壊する瀬戸際にあることを示唆している」と考察しています。

開業医自身の努力だけでは実現できない労働時間超過の解消

開業医の労働時間の超過を解消し、心身ともに健全な状態でクリニックを運営していける環境を整えることは地域医療の質を維持・向上させるために不可欠な課題といえます。しかし調査結果から見て取れるように、それは開業医自身の努力だけではもはや実現できないところにあります。

「しっかり睡眠を取る」、「体調不良の際は休む」と一口に言ったところで、それが簡単にできるならこれほど事態は深刻化していないはず。では、今後どのようにこの状況を改善していくべきなのか。一概に答えの出ない難問ですが、神奈川県保険医協会による提言は、まさに高いクオリティーのプライマリケアを保つための具体的な課題を提示しています。

【開業医の働き方改革に向けて神奈川県保険医協会がまとめた課題点】

1.診療報酬の引き上げによる経営の安定化と質の向上
2.診療報酬の在宅診療関連点数の改良による参画医療期間の増加
3.診断書など医師作成が必須な書類とそれ以外の再整理を制度的に図る
4.職務・業務範囲の再整理・見直し
5.患者数・労働時間の指針明示と国民理解を促す
6.労働法制の改定
7.医療実態の理解、受診方法などについて学校教育に位置付ける

ドクターだけに努力や負担を強いる現状から脱却するための具体的提言がまとめられたわけですが、こうした働きかけは神奈川県保険医協会以外の団体組織にも波及し、それぞれ独自の調査を行うなどの動きを見せ始めています。

【後編まとめ】

前編・後編にわたって開業医の労働時間の過重さやクリニック経営にまつわるストレスなどをひもといてきました。現時点でこれを劇的に解消するのは非常に困難であることがデータに向き合うほどに実感されます。それでもなお患者のため、地域医療のために診療にあたるドクターたちの奮闘について、もっと多くの人に知ってほしいとも思います。真の「働き方改革」へ動き出すきっかけは、まずは実態の理解からかもしれません。

とはいえ現段階では開業医の健康問題は基本的に自己責任であり、自身の体は自身でケアするほかないという大変な状況を、今回のデータが物語っていました。釈迦に説法的なアドバイスになってしまいますが、ドクターにはせめて年1回の健康診断受診と、最低でも週1回の休日取得は切にお願いしたいところです。

患者の健康を第一に考えて診療にあたるドクターの姿勢は、地域住民にはとてもありがたく大きな安心となっています。その安心はドクター自身の健康な生活あってこそ。同時にその意識が患者側にももっと根づき、ドクターの心的ストレスが多少なりとも軽減されることを願うばかりです。

※神奈川県保険医協会による「開業医の働き方調査」。対象は、同協会会員の開業医(院長)3364名、開業歯科医師(院長)2390名の計5745名。有効回答が得られたのは開業医(院長)690名(20.5%)、開業歯科医師(院長)399名(16.7%)、合計1089名。2018年10月15日〜10月31日に郵送方式で調査を実施。今回示したデータはすべてこちらの集計結果を引いています。

<執筆者プロフィール>
スギウラ ミエ
ライター。愛知県生まれ。求人系情報誌の編集部に在籍し、多くの文化人、タレントへのインタビューを担当。その後独立し、ビジネス系ウェブメディアなどでインタビュー記事を多数手がけている。医療分野でも活躍し、『頼れるドクター』では長年表紙の制作などに携わり、『患者ニーズ研究所』でも冊子創刊号から記事を執筆。

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