【コツ1】スタッフ一人ひとりに関心を示していると、メッセージを送る
「院長とスタッフは毎日一緒に働いていても、業務に追われる中で意外と目を合わせていないものです。そのため、スタッフ一人ひとりに対して、『関心を持っている』『信頼している』というメッセージを日常的にさりげなく送ると良いでしょう」
最も簡単な方法としては、「○○さん、おはよう」と自分からスタッフの名前を呼んで目を合わせて、朝のあいさつをすること。特に、まだクリニックに慣れておらず、不安を感じがちな新人スタッフには積極的に声かけをすると、早く職場になじみやすくなります。
【コツ2】意見が異なるときは、どちらかが妥協するのではなく合意形成をめざす
院長とスタッフ、あるいはスタッフ間で意見が分かれる場合、どちらかの意見を採用すると、採用されなかった側に不満が残ります。
「意見が異なるときは、片方が妥協するのではなく、お互いに意見を出し合い、より良い方法を見つける『合意形成』がお勧めです。A案とB案で意見が分かれたら、新しいC案を生み出すことを提案してみてください」
合意形成のプロセスには時間がかかりますが、新しい方法をチームで生み出すことによって全員が納得でき、ともに前に進みやすくなります。
【コツ3】スタッフを褒めるときは、間接的に第三者から伝えてもらう
院長に直接褒められるより、リーダー的な存在から「院長がAさんを褒めていたよ」と伝えられると、「周囲にも自分のことを良いふうに話してくれているんだ」と余計にうれしく感じられるもの。これを、「ウィンザー効果」といいます。
「第三者から褒められることで、スタッフは勇気づけられ、向上心が生まれやすくなります。そのため、効果的に院長のメッセージを伝えてくれるリーダー的な存在を組織内に増やすと良いでしょう。スタッフはさらに成長し、チームワークも高まると思います」
【コツ4】うまくいったらスタッフのおかげ、失敗したら院長の責任と心得る
「院長が良い経営者かどうかは、経営的に良い結果が出ても、悪い結果が出ても自分で責任を引き受ける態度を示すところにあると思います」と永野氏は断言します。
そのため、スタッフに対しても、仕事を任せたときに成功すればスタッフの努力と認めて感謝を伝え、うまくいかなかったら、それは任せた側の責任と心得てスタッフを優しくねぎらうことが大事。そうすることで、スタッフが失敗を恐れず、伸び伸びと活躍でき、クリニックの活性化につながります。
【コツ5】相手を傷つけないように、言いにくいことはポジティブに言い換えて
ここからは、前編の復習を兼ねて、ご紹介します。
さまざまな年齢、多様なキャリアのスタッフが集まるクリニックでは、時に年齢差や性別を超え、言いにくい指導や注意が必要になることもあります。そんな時に活用したいのが、前編でもふれた、相手の尊厳を傷つけずに伝える「アサーティブ・コミュニケーション」のスキルです。
「具体的には、最初からストレートに非難や否定はせずに、まずポジティブフィードバック(前向きな言葉で評価)、次にリスペクティング行動(相手に関心を持つ、良いところを見つける、相手を尊重する)を実践してから、修正してほしい点を告げると良いでしょう」と永野氏は説明します。
以下に、悪い、良い伝え方の例を挙げます。
院長「朝、ぎりぎりに来られるとみんなが迷惑だよね」
〈良い例〉
院長「朝は忙しいと思うけど、あと3分早く来てくれたら助かるんだけどな」
ーーーーー
〈悪い例〉
院長「患者さんの前で、あだ名で呼び合うのは禁止」
〈良い例〉
院長「仲が良いのはいいことだけど、患者さんの前ではスタッフ同士でも敬語で話すときちんとした感じがしていいよね」
ーーーーー
〈悪い例〉
院長「患者さんがいるのに、受付でスタッフが雑談するのは感じ悪いからやめてほしい」
〈良い例〉
院長「いつも朝早くからありがとう。ところで一つお願いがあるのだけれど、患者さんがいるときに、受付での雑談は控えてくれるかな」
【コツ6】院長の行動はすべてメッセージ! スタッフから話しかけられやすい雰囲気をつくる
常に経営者の言動は、すべてスタッフに何らかのメッセージを発しているという自覚を持つことも重要です。
「院長がぴりぴりと不機嫌にしていると、スタッフが相談事や指示の確認を遠慮してしまい、結果、大きなミスにつながる可能性も。できるだけ常に話しかけられやすい雰囲気でいることが、リスクマネジメントになると考えます」
また、自分の物の見方や考え方に偏りや癖がないか、時々、俯瞰して見直し、相手に対して適切な言葉を選ぶことも大切です。
【コツ7】不公平さを感じさせないため、声かけの回数は偏らないように
人間関係には、どうしても相性の良しあしはあるもの。また忙しい業務の中では、勤続年数が長いスタッフや仕事のできるスタッフに頼りがちになり、不公平さをまったくなくすことは至難の業です。
「しかし、そんな院長の対応をスタッフはよく見ているものです。不公平感は院長への不信感につながり、スタッフ間の人間関係にも悪い影響をもたらしやすいので、注意が必要です。なかなか難しいことですが、できるだけ接する回数や挨拶の回数などは、偏らないよう心がけると良いでしょう」
業務上、接点が少ないスタッフに対しては、ちょっとした雑談や挨拶などで接点を持つのも有効です。
【コツ8】新しい取り組みを導入するときは、スタッフへのネゴシエーションが必要
例えば電子カルテやオンライン診療の導入など、何か新しい取り組みをトップダウン方式でいきなり始めようとすると、現場のスタッフから反発されることがあります。
「こんなときは時間を惜しまず、実際に導入すると決定する前にスタッフに相談したり、事前説明をしたりするなどして目線合わせをし、十分理解してもらうことがやはりとても重要です」
その際、フォロワーシップ(目的達成のためにリーダーを補佐する能力)の高いと思われるスタッフの力を借りて、1人ずつ説得すると納得してもらいやすくなります。
【コツ9】信頼の貯金をためる、怒りの在庫はためない
スタッフとは普段からフラットに意見を言い合えるような信頼関係をつくり、「信頼関係の貯金」をためることも有効です。
「そうすることで、業務上で発生する課題や問題を解消しやすくなります。また一方で、院長自身は、前述したアサーティブ・コミュニケーションを用いて、こまめにスタッフに指導を行い、不満や怒りをため込まないように心がけることも、お勧めしたいです」
クリニック経営は長い道のりのため、院長が「怒りの在庫」をため込むと、ある時、突然、蓄積されて爆発してしまうなんてことにも。普段から、伝えたいことは伝え、自分の怒りの在庫を管理しましょう。
【コツ10】スタッフとのコミュニケーションは、入職からの年数を考慮する
最後に、永野氏は、上でふれてきたコツを踏まえながら、スタッフ一人ひとりの成長に合わせたコミュニケーションを取ることが大事だと言います。
「スタッフには4つの成長のステップがあると思っています。新人、中堅、ベテランなど、置かれている立場や求められているものが違います。そのため、入職からの年数を目安に、スタッフのキャリアや成長にも合わせながら、適切な接し方をすると良いでしょう」
以下は、永野氏が実践している成長に合わせたコミュニケーションの基本です。
スタッフの成長に合わせたコミュニケーションの基本
入職〜半年間|定着期
新人が部署のリーダーやスタッフとうまく関係性をつくっていけるように、雇用側はアシストします。特に最初の半年間は心理的安全性(質問や相談がしやすく、意見を言うことが期待されている環境)の確保が重要です。ただし身だしなみなど、社会常識として当たり前のルールや、クリニックとしての決まり事は最初にきちんと指導します。
半年目〜3年目|成長期
業務にも慣れ、患者に感謝されることに充実感を感じ、さらに上のスキル習得に意欲を持つ時期。課題を与えて成功したら「頑張ったね」と認めて、スキルを高められるようにサポートします。
3年目〜7年目前後|権限委譲期
期待する、任せる、感謝する時期。ポジティブフィードバック(前向きな言葉で評価)、リスペクティング行動(相手に関心を持つ、良いところを見つける、相手を尊重する)を心がけます。リーダー役などを「やってみて」と任せて失敗しても、それは雇用側の責任と考え、本人を責めないことが重要です。
7年目〜|権限委託期
権限委譲のフェーズがうまくいくようになったら、次は基本的にはすべて任せます。その上で課題が生じたら、雇用側もともに解決法を考え、お互いに合意できる方法で問題解決を行います。
【後編まとめ】院長とスタッフがともに前を向ける、そんな関係づくりを
いかがでしたか。院長とスタッフの関係性は、クリニックの雰囲気にも影響し、患者に伝わることもあるもの。取材の終わりに永野氏はこう話しました。
「私は、『言葉は世界をつくる』と信じています。コミュニケーションの基本になるのは、言葉です。言葉やものの言い方は、その人の生まれ育ったプロセスの中で身につけてきた見方や考え方から育まれたもので、上手な言い方だけを取り入れても響きません。自分に合った、相手に響かせる言葉や言い方を見つけて、スタッフとのより良いコミュニケーションに役立ててください」
<執筆者プロフィール>
森 由紀子(もり・ゆきこ)
ライター。医療系雑誌編集部を経て、コピーライターとして独立。阪神間で、医療や食品関連の情報誌や販促物の企画制作に携わる。夫の転勤に伴い、横浜市に転居。製薬企業のCSR関連情報誌や歯科医院サイト、『ドクターズ・ファイル』のクリニック・病院のコンテンツ制作に関わり500人以上のドクターを取材。