そのイライラ、スタッフが困っているかも!?医師のためのアンガーマネジメント【前編】

クリニックの医師のためのアンガーマネジメント

患者の健康や命を守る医療従事者は、責任が重い仕事なだけに常に緊張感を伴いピリピリしがちに。普段なら怒らないスタッフのことに、ついイライラしてしまった経験のある医師もいらっしゃるのではないでしょうか。そして、そのようなピリピリとしたクリニックの雰囲気は、患者にも伝わりやすいもの。

そこで近年、医療現場でも注目されているのが、怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」です。ご存じの方も多いと思いますが、アンガーマネジメントとは、1970年代にアメリカで生まれた心理学的技法で、「怒らない」ではなく「怒りをコントロールする」という考え方が特徴です。怒りの感情を知ることで、不要な怒りを減らすことが可能になります。

現在は医療・福祉分野以外にも、教育現場におけるいじめ、暴力などへの予防教育としても取り入れられています。そんなアンガーマネジメントのテクニックを、クリニックの責任者でもある医師が身につけることで、みんなが働きやすい職場づくりにつながるとして取り入れるケースが増えています。

そこで今回は、日本アンガーマネジメント協会のアンガーマネジメントファシリテーターで横浜市立大学医学部看護学科の講師でもある田辺有理子氏に取材。クリニックのスタッフが医師のイライラに対して「困ったな」と感じるありがちな6つのシチュエーションごとに、アンガーマネジメントのテクニックを用いた対処法を解説してもらいます。

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会
アンガーマネジメントファシリテーター
田辺有理子 (たなべ・ゆりこ) 氏

横浜市立大学医学部看護学科講師。精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師。看護師として病院勤務を経て、2006年より看護師教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉の現場で生じるイライラをコントロールするアンガーマネジメントやアサーティブコミュニケーションに関する講演や研修・情報発信を行う。近著に『怒った人に振り回されない自分をつくる―ナースのためのアンガーマネジメント2―』(メヂカルフレンド社)がある。

働きやすい環境が重視されるクリニックこそ、アンガーマネジメントを活用したい

田辺氏いわく、「クリニックこそ、アンガーマネジメントの導入がお勧め」とのこと。なぜ、クリニックにアンガーマネジメントが役に立つのでしょうか。

田辺氏:前提として怒りの感情には、いつも顔を合わせる身近な人に強く湧きやすく、周囲に広がりやすいという性質があります。クリニックの場合、病院よりも医師とスタッフの距離が近く、怒りの感情も周囲に伝わりやすいため、一度誰かが怒るとその場の雰囲気はたちまち悪くなりがちです。

しかし、怒っている医師に「その怒り方は嫌なので、もっと感情を抑えてほしい」とはっきり伝えられる人は、ほとんどいないと思います。特に、クリニックのような医師とスタッフの権威勾配が明確になりやすい職場では、「困ったな」と思っても自分の胸の内にとどめるスタッフは多いのではないでしょうか。

そうした状態が続いてしまうと、居心地の良い職場を求めて退職を決意するスタッフも出てくると考えられます。また、そのような雰囲気は患者さんにも伝わってしまいやすく、「人間関係がギスギスしているクリニックだな」とマイナスな印象を持たれかねません。そして、患者さんからそのことを直接医師に伝えてくれることは、ほとんどないでしょう。このようなことが続くと、最終的には居心地の悪さが原因で通わなくなる可能性があります。

アンガーマネジメントは、こうした怒りの感情から生まれる負の連鎖を予防する手段として有用です。怒りの感情をコントロールできれば、職場の雰囲気が改善され、医師とスタッフがお互い気持ち良く働けるようになります。

また雰囲気が良くなると、情報共有やコミュニケーションが円滑になるため、情報の伝達ミスや共有漏れが減り、提供できるケアや医療の質向上にもつながるでしょう。そういったプラスの可能性を秘めているため、アンガーマネジメントはクリニックにこそ必要だと考えます。

自分の怒りのタイプや癖を知ることが、アンガーマネジメントを最大限活用するための第一歩

アンガーマネジメントを実践するために、まず自分の怒りのタイプや思考の癖を知ることが大切だといいます。それらを知っておくと対処法を考えやすくなるためです。

田辺氏に事例を踏まえて対処法を解説してもらう前に、怒りにはどのようなタイプと癖があるのかを見てみましょう。これらの特徴が極端に出てしまっている場合は、改善の余地があります。

〈注意が必要な4つの怒りのタイプと癖〉

タイプ1 怒りのスイッチが入ると爆発するタイプ

・一度怒ると爆発して誰も止められない
・些細なことを大げさに怒る
・相手が謝ってもとことん怒る

タイプ2 一日中怒っているタイプ

・年中イライラしている
・文句が多い
・愚痴っぽい

タイプ3 根に持って過去を引っ張り出して怒るタイプ

・いつまでも怒りを引きずる
・昔のことを思い出して怒る
・恨みや憎しみを持ち続ける

タイプ4 攻撃的に怒るタイプ

・相手を攻撃したり責めたりする
・自分を責めて怒りをため込む
・物を壊したり、投げつけたりする

出典:田辺有理子著『ナースのためのアンガーマネジメント-怒りに支配されない自分をつくる7つの視点-』(メヂカルフレンド社)

ただし上述したタイプと癖は、あくまで典型的な例であり、これらに当てはまらない人や、複数のタイプを併せ持つ人もいます。また、自分の認識と他者からの見方が異なる場合もあり、自身の怒りのタイプや癖を正確に把握するのはなかなか難しいものです。

では、どうすれば自分の怒りのタイプや癖をより正確に把握できるのでしょうか。田辺氏が勧めるのは、「自分にはどういう怒りの傾向があるのか、家族や友人など身近な人に聞いてみる」という方法です。

客観的に今まで自覚がなかった癖や怒りのパターン、傾向に気づく機会になるそうです。アンガーマネジメントのテクニックを取り入れる前に、ぜひ一度、身近な人に聞いてみてはいかがでしょうか。

【対処法1】すぐにカッとならないように衝動をコントロールする

それではここからは、実際にクリニックで働くスタッフが医師に対して「その怒り方は困るな……」と感じやすいありがちなシチュエーションをもとに、田辺氏が特に勧める対処法を見ていきます。

〈シチュエーション〉

不安を抱えた患者が、待ち時間の長さについて医師に直接クレームを言っているところをそばで見ていたスタッフ。患者からの思いもよらない言葉につい医師はカッとなり、大声で反論。気まずい空気が漂い、いたたまれない気持ちになるスタッフだった。

〈特にお勧めの対処法〉

・心の中で数字を数える(6秒ルール)
・自分の怒りポイントをメモする
・怒りの点数化

心ない一言に、ついカッとなってしまう経験は誰にでもあるでしょう。特に時間に追われていて心に余裕がない状況であればなおさらです。このようなケースでは「衝動をコントロールすることが重要」と田辺氏は語ります。

田辺氏:衝動的な行動は失敗につながりやすく、売り言葉に買い言葉になると、患者さんとの関係修復が非常に困難になります。そうならないためにも、患者さんからのクレームにはすぐ反論せず、少しだけ反応を遅らせる方法を身につけることがポイントです。

中でも「心の中で数字を数える」は、すぐに使える技法でしょう。いわゆる「6秒ルール」と呼ばれるものですが、6秒ほど数えて少しの時間をやり過ごすことで、いったん思考を止めて一息つく時間を確保でき、衝動を抑えることができます。

次に「自分の怒りポイントをメモする」は、アンガーマネジメントのテクニックとしてよく紹介される基本的な手段で、衝動を予防的に抑えるのに有効です。自分はどのような出来事で怒りが湧きやすいのかをメモすることで、その傾向を整理でき、怒りへの対策が立てやすくなります。

「怒りの点数化」は、自分の怒りの程度を知る方法として適しています。例えば怒りの強度を10点満点にして表すことで、「この前の出来事は5点だったから、今回は4点かな」といったように、強い怒りなのか、弱い怒りなのかを客観的に捉えることができ、衝動的に強い怒りが生じないための対策を立てるきっかけになるでしょう。

【対処法2】口論が激しくなったら、クールダウンを心がける

〈シチュエーション〉

不安を抱えた患者が、待ち時間の長さについて医師に直接クレームを言っているところをそばで見ていたスタッフ。患者からの思いもよらない言葉につい医師はカッとなり、大声で反論。気まずい空気が漂い、いたたまれない気持ちになるスタッフだった。

〈特にお勧めの対処法〉

・物理的にその場から離れる
・怒りから気を逸らすために他のことを考える、行動する
・自分の心を落ち着かせる言葉を唱える

このように口論となったケースでは、「口論を中断させる瞬間にどんな言葉をかけられるか」「その場から離れたあと、どれだけクールダウンに集中できるか」の2つがポイントになると田辺氏は言います。

田辺氏:患者対応などでその場を離れられない場合は活用できませんが、「物理的にその場から離れる」がお勧めです。これを実践するときは、必ず医師はクリニック全体を統括する立場として、「(場を)クールダウンしたほうがいいから時間を置こうか。続きはまた後で」など、その場を少しでも和ませる言葉をかけてから去るようにしましょう。

絶対にやってはいけないのは、何も言わずにその場を離れること。ピリッとした空気感を残したままその場を去ると、相手との溝を深め、また周りのスタッフにも気を使わせる原因となってしまいます。

そして、その場から離れた後は、高ぶった怒りの感情をクールダウンさせることに集中してください。クールダウンを促すには、「怒りから気をそらすために他のことを考える、行動する」が、適しています。あらかじめいら立ったときに「とりあえず○○する」という行動を決めておくと良いでしょう。

例えば、「3回深呼吸をする」「手を洗う」「手指消毒をする」など、なんでも構いません。とりあえず何かの行動に集中することで、勢いに任せた思考や言動を抑えられます。

もう一つ「自分の心を落ち着かせる言葉を唱える」も、クールダウンを促す方法としてお勧めです。心を落ち着かせる言葉は、人によって異なります。「大丈夫、大丈夫」「なんとかなる」といった元気づけるものや、「成長できるチャンスだ」といった自分を奮い立たせるものなど、決まったフレーズを用意している人もいれば、好きなメロディーを頭の中で唱えている人もいます。ぜひ「この言葉なら心が落ち着く」と感じる言葉を用意しましょう。

【対処法3】自分の許容範囲を広げ、「怒る」「怒らない」の境界線を明確にする

〈シチュエーション〉

ちょっとしたミスを犯したスタッフ。業務に支障はなかったが医師に報告したところ、いつもは優しく注意する医師が激怒。見ていた周囲のスタッフも医師の怒りの基準がわからなくなり、困惑するばかりだった。

〈特にお勧めの対処法〉

・怒ることと怒らなくていいことを明確に区別する

医師の機嫌によって怒る基準が変わってしまうと、スタッフは報告するかどうかを医師の機嫌によって判断することになり、必要な報告が届かなくなる可能性があります。そうならないために、田辺氏は「医師が、怒ることと怒らなくていいことを明確に区別して、自分の機嫌に左右されないことが大切」と語ります。

田辺氏:怒りの引き金になるのは、「私はこうしてほしかった」「私はこれを大事にしたい」といった自分の価値観(コアビリーフ)です。しかし、その「こうあるべき」という「当たり前」は人によって違うものですから、相手に自分の期待や理想が裏切られたと感じると、怒りが生じるのです。

自分の価値観はやすやすと変えられませんし、無理に変える必要もありません。しかし、「こうあるべき」という考え方が強すぎると、些細なことにも怒り、不要な怒りに縛られてしまいます。そこで、自分が仕事をする上での「こうあるべき」という価値観や規範を見直し、他人との考えが違うことを認め、許容範囲を広げることが大切です。

そうすることで、「怒る」「怒らない」の境界線が明確になり、怒るほどのことでもないことに怒ったり、許容できないことなのに怒れなかったりといった事態を回避できるようになります。一貫した態度に、「こういうことを大事にしているんだな」とスタッフ側にも理解され、信頼関係を構築しやすくなるでしょう。

【前編まとめ】居心地の良い職場を作るために、アンガーマネジメントを活用しよう

前編で紹介した3つの対処法、いかがでしょうか。まずは自分の怒りのタイプや癖を知ることが大事です。その上で、「自分の心を落ち着かせる言葉を唱える」や「心の中で数字を数える」などは、日々の診療の中でも比較的容易に実践できそうな対処法ではないでしょうか。

後編も引き続き、スタッフが医師のイライラに対して「困ったな」と感じる、ありがちなシチュエーションを例に、居心地の良い職場をつくるためのアンガーマネジメントのテクニックを用いた対処法を紹介します。

<執筆者プロフィール>
トヤカン
フリーライター。正看護師として、大学病院での勤務を経てライターの道に。医療現場で培った経験をもとに、医療従事者向けのメディアを中心に記事を執筆している。甘味に目がなく休みの日は和洋問わず甘味巡りに没頭。

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