【対処法4】語彙を増やして、自分の怒りの状況をわかりやすく伝える
〈シチュエーション〉
その日、普段は温厚な医師がイライラしていた。スタッフが理由を聞き出そうとするが、医師は始業前の準備で忙しいためか、「なんでもないよ」とそっけない返事。「自分たちが何か怒らせるようなことをしてしまったのではないか」と、心配になるスタッフたちだった。
〈特にお勧めの対処法〉
・自身の怒りを適切に表すための語彙を増やす
怒りは自然な感情の一つのため、なくすことはできません。自分がイライラしていることがわかっていても、うまく言葉にできなかったり、言いづらかったりすることもあるのではないでしょうか。しかし、田辺氏は「そういう時こそ、現状を言葉にして伝えることが大事」と語ります。
田辺氏:当然ながら、クリニックのように医師とスタッフ同士の距離感が近い職場環境では、医師の言葉はとても重みを持っています。そのため、気まずいかもしれませんが、自分が何に怒っているのかがわからないときは、その気持ちをそのままスタッフに伝えてみてください。
例えば「今は心がちょっと穏やかじゃないので、一人にしてほしい」「理由をうまく説明できないので、しばらくそっとしておいてほしい」などと言うだけでも、スタッフは安心できるでしょう。
逆に、怒りが表情や態度で出てしまっている場合、「言わなくてもわかるだろう」と思われる人もいるかもしれませんが、ほぼ伝わりません。こうした態度は「不機嫌そうだから近寄らないようにしよう」と思われ、周囲からの信頼を失いかねません。なるべく怒りの状況を説明するための語彙を増やして伝えられるようにしましょう。
【対処法5】過去のことを蒸し返すのはNG! 未来に目を向けた伝え方を徹底する
〈シチュエーション〉
医師から注意を受けている最中、「君はあの時も同じミスをしたよね?」と言われたスタッフ。確かにミスをしたが、過去はどうすることもできず、ただ謝るしかできなかった。
〈特にお勧めの対処法〉
・未来に焦点を当てて話す。
仕事上でどうしてもスタッフを注意したり、叱ったりしなければならない場面があるでしょう。田辺氏いわく、ミスを注意する際は過去のことを蒸し返してはいけないそうです。
田辺氏: 怒ったり、叱ったり、注意したりと、自身の怒りの感情を適切にマネジメントすることは、スタッフへの指導場面で活用できます。しかしそんな時、「いつも同じミスをするよね」「前から同じことを言っているのに」「何度も言っているよね」などのように過去を蒸し返した言葉を用いて怒ることはNG行為です。話の論点がずれて、本来伝えたいことが伝わらなくなってしまいます。
しかも、過去のことを蒸し返しても、蒸し返された側は過去を変えられず、「なぜ今さらそんな話をするのか」と不信感を抱いてしまいます。もちろん、医療の現場においてミスの原因追究は、今後の対策を立てる上で必要なため、過去を振り返ることもあるでしょう。ただし、過去を責めても建設的な対策は生まれません。
もしスタッフが同じミスを繰り返しても、目の前の出来事を踏まえて未来に焦点を当て、この先どうしたらミスを防げるかといった方法や対策を、お互いが納得できるように一緒に考えていくことが大切です。
そして、上手な怒り方としてお勧めなのは、「○○の業務に関してはこうしてほしい」や「こうやってくれるとうれしい」のようにリクエストする方法です。「ちゃんとして」「しっかりやって」などのような曖昧な言葉はNGで、できるだけ具体的で実現可能な行動を提案しましょう。
また、せっかく適切な注意をしていても、医師が怒鳴ったり、感情的になったりすると、パワーハラスメントとして受け止められてしまう可能性もあります。怒ると決めたら上手に怒ることが肝要です。
【対処法6】冷静さを忘れずに、自身の考えや指示内容を具体的に伝える
〈シチュエーション〉
医師から指示を受け、カルテを用意した新人スタッフ。しかしミスが多く、つい「なんでできないんだ」と医師は声を荒らげてその新人を注意。「指示どおりにやったつもりなのに」と困惑する新人だった。
〈具体的な対処法〉
・何を伝えたかったのか、内容を明確に言葉にする
相手への「ここまで言えば、指示の内容を理解してくれるだろう」という思い込みが外れて、イライラに発展するケースも少なくありません。田辺氏のアドバイスは「伝え方の工夫をする」というものでした。
田辺氏:このケースの場合、スタッフが「指示通りにやったつもりなのに」と困惑している様子から、そもそもスタッフに指示が伝わっていないと推察されます。おそらく伝え方の問題だろうと思います。
「そのイライラ、スタッフが困っているかも!?医師のアンガーマネジメント【前編】」の記事の「対処法3」でもふれましたが、「そこまで指示しなくてもわかってくれるだろう」「この指示なら当然○○するべきだ」という、自身の価値観(コアビリーフ)に基づいた指示の出し方は、情報伝達ミスを発生させる可能性が高いです。
そのためこの場合は、他責にせず、「この患者さんのカルテを用意してほしい」「カルテを開いたときに内容がわかるように、このページにメモをつけてほしい」などのように、リクエストするかたちで、具体的な内容を意識して伝えると良いでしょう。
そして、声を荒らげることはアンガーマネジメントの面ではNG行為。感情的になると怒りだけが目立ち、伝えたいことが相手に伝わらない挙げ句、罵詈雑言や言う必要のない余計なことを言ってしまうリスクが上がります。スタッフに正確に指示内容を伝えたいのであれば、医師は冷静さを忘れないようにしましょう。
また、ミスを叱るときには、「なんでできないんだ」などいう、「なんで」という言葉はNGワードです。問題解決のために原因を探っているつもりでも、実はその言葉の裏には「普通はこんなことにならないはずだ」「なぜこんなこともできないんだ」といった思いが隠れているためです。
このように聞かれてしまうと、言われた側は責められていると動揺し、答えられないか、言い訳するか、謝るしかなくなってしまいます。問題を解決するためには、「どうしたらできると思う?」「何があればうまくいくと思う?」などのような未来に向けた聞き方にし、相手と一緒に対策を考えるといいでしょう。
スタッフのイライラ軽減のために医師ができること
ここまで前編と後編を通じて、医師が自身のイライラに対して活用できるアンガーマネジメントのテクニックを6つ解説してもらいました。では、逆にスタッフが怒っている場合、医師ができることはあるのでしょうか? 田辺氏に伺いました。
田辺氏:まずはスタッフが怒っていることに自分が対応する必要があるのか否かを見極めましょう。自分が怒らせる原因をつくっていたのであれば、真摯に受け入れて改善するように心がければいいですし、原因が不明で八つ当たりのように怒っているのであれば、振り回されないようにします。
怒っている人を見ると、つい相手の感情を深読みして機嫌をうかがってしまいがちですが、それでは心が疲れてしまいます。まず自分が関わることなのかどうかを判断し、うまく線引きができるようにしましょう。
また怒りは、不安、焦り、緊張、悲しみ、怖さといったマイナスの感情が引き金となって生じる性質があります。例えば、スタッフが新しい業務を初めて一人で担当するとき、誰でも緊張し、不安な気持ちになります。ただでさえ気持ちに余裕はないのに、忙しくなると普段ならこなせる業務がうまく進まず、イライラも募ってしまいますよね。
このように、もし怒りの引き金が明確なのであれば、そこに寄り添ってケアするのも、クリニックを統括する医師としてできることでしょう。「今日は初めて一人で新しい業務を担当してもらったけど、すごく助かりました」「いつもありがとう」などと一言かけるだけでも、スタッフのイライラは軽減されます。
【後編まとめ】怒りの感情をコントロールするために、日頃からできること
前後編に分けて、クリニックのスタッフが困りがちな医師のイライラ事例をもとに、アンガーマネジメントを用いた対処法を紹介しました。
そして最後に、田辺氏は医師が怒りやイライラを抑えるために、怒っていないときに日頃からできることについてもこのようにアドバイスをくれました。
「不安、焦り、疲れ、寂しさ、悲しさ、怖さなどのマイナスな感情を抱いていたり、寝不足、空腹、ストレスといった体が不調の状態が続いていたりする人ほど、些細なミスやトラブルで怒りの感情が込み上がり、必要以上にイライラし、怒ってしまう傾向にあります。従って、日頃から心身ともにマイナスにならないようにリフレッシュする時間をつくると良いでしょう。
また、怒りのきっかけになる要素を減らすことも重要です。今回紹介したイライラ事例を振り返ってみて、『こうあるべきだ』と自分がこだわっていた価値観(コアビリーフ)が理解できたら、周囲にも目を向けてみてください。多様な価値観があることを認め、『あの人と自分の考えや期待とは違うけど、まあいいか』と思える範囲が広がれば、不要な怒りに振り回されず、穏やかに対応できるようになるのではないでしょうか」
昨今は、開業医向けのアンガーマネジメントの研修や講演会が開かれており、アンガーマネジメントについて学べる場は増えつつあります。グループワークや他者との対話を通じて、人によって怒りの種類が違ったり、強さに差があったりすることを知るいい機会にもなるでしょう。忙しくて研修や講演会に参加が難しい場合は、スタッフと「どういうときにイライラしやすいのか」をテーマに会話をしてみてもいいかもしれません。ぜひ一度検討してみてください。
<執筆者プロフィール>
トヤカン
フリーライター。正看護師として、大学病院での勤務を経てライターの道に。医療現場で培った経験をもとに、医療従事者向けのメディアを中心に記事を執筆している。甘味に目がなく休みの日は和洋問わず甘味巡りに没頭。