心当たりありませんか? やってはいけない5つの間違ったコミュニケーション
永野氏は院長夫人として経営に携わるようになった当初、スタッフとのコミュニケーションの壁にぶつかったと振り返ります。
「当時は、まるで経営というものがわかっておらず、開業前にそれを学ぼうという気持ちもありませんでした。そのため当然ながら、若いスタッフに馬鹿にされて傷ついたり、院長とスタッフがグルに見えて腹を立てたり、つらい日々でした。よく夢でもうなされていましたね(笑)。その学びは続いています」
今回、ご紹介するコミュニケーション術は、そんな永野氏が多くのスタッフとの出会いと別れ、院長夫人の方々をサポートしてきた経験から導き出したものです。「そして、失敗を重ねてきた中で、『私自身もこうありたいな』という理想の形でもあります」と永野氏。
それでは早速、うっかりやりがちな「間違ったコミュニケーション」について、実例を交えながら見ていきましょう。
【タブー1】スタッフに敬遠されてしまう、話をちゃんと聞かない姿勢
スタッフ「ちょっとお話があるのですが」
院長「今、忙しいから、後にして」
スタッフ「……(もう話かけるのをやめたい)」
スタッフは普段から院長に気を使っているものです。「後にして」と断られたら、このスタッフのように、大切な話でも尻込みして、諦めてしまうかもしれません。それが時に、医療ミスやクリニック内のトラブルにつながる可能性も。
「コミュニケーションの基本は対話です。診療で忙しい中、なかなか難しいことですが、スタッフが声をかけてきたらいつでも話を聞く、相談に乗るという姿勢を見せると良いでしょう。すぐに対応するのが無理ならば、いつなら大丈夫なのか、話を聞く日時を約束するのはいかがでしょうか」
また、忙しい院長は結論から話してほしいと思いがちですが、女性スタッフは結論よりプロセスにこだわる人が多いもの。「だから何が言いたいの?」といらいらせずに、じっくり聞いてあげることも大事です。
【タブー2】スタッフを先入観や偏見で判断して、もめ事の種に
院長「Aさんは話しやすいから、つい何でも頼んでしまう」「若いBさんのやることは、なんか信用できないな」
一方で…
スタッフB「Aさんは院長先生のお気に入りだから、よく声をかけられるのね」
勤続年数や勤続コマ数が多いスタッフ、気の合うスタッフとは接する回数が多くなるのは当然です。相性の良しあしもあります。しかし、クリニックでの業務をスムーズに進めていくためには、スタッフには公平だと感じてもらえるように接し、正しく評価することが求められると永野氏は言います。
「院長が話しやすいと感じているスタッフと、そうでないスタッフを比べたとき、会話の量に差が出ないように気をつけましょう。そうでないと、このスタッフBさんのように不公平感を生んでしまうことも。主観ではなく相手の価値観での、公平・不公平を考えることが大事なポイントです。
私が心がけているのは、『苦手な相手とこそ、話す』ということです。また、自分のものの見方や考え方に『癖』がないかどうか、先入観や偏見でスタッフを評価していないか、俯瞰して考えることも大切です」
そうすることで、苦手な相手に対しても、自然とその人がどんなものの見方や考え方をしているのかを知ろうと思うようになります。その結果、対話を繰り返すうちに、相手を正しく理解でき、コミュニケーションの改善につながるのです。
【タブー3】院長が不機嫌で話しかけづらく、医療ミスを招きかねない
院長「今日は準備に時間がかかるな! なんでなんだ」
一方で…
スタッフA「今日は先生、機嫌悪そうよ」
スタッフB「この指示の確認、やめておこうかな」
組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対しても安心して発言できる状態を、「心理的安全性」と呼びます。
「こうした環境では、適切なタイミングでスタッフが院長に指示を確認したり、相談したりできるのでミスが起きづらくなるといわれます。しかし、院長の機嫌が悪いとスタッフの心理的安全性が確保できません。そのため、このスタッフAさん、Bさんのように周囲が過剰に気を使い、確認や相談の機会が埋もれ、逆に医療ミスを招いてしまう恐れも。できるだけ院長は不機嫌さをあらわにせず、明るく振る舞うよう心がけましょう」
ちなみに、院長夫人は、「院長に言わないでください」と前置きされた上で、スタッフに内々で相談されることが意外とあるそうです。その場合も、「夫婦であってもスタッフとの約束は絶対に守るべきです。雇用側が約束や秘密を守ることも、心理的安全性につながります」と永野氏は言います。
【タブー4】不明瞭な評価軸は、スタッフ同士の不満や不信感につながる
院長「Cさんは、後輩の指導もしてくれているから昇給だな」
一方で…
スタッフA「Cさんは、また昇給みたいよ」
スタッフB「入職の時期は一緒だし、後輩の面倒も見ているのに、どうして私は上がらないの」
クリニックの中には、人事評価の基準が曖昧なところもあると聞きます。しかし評価軸の不明瞭さは、このスタッフAさん、Bさんのように不満や不信感を招き、チームワークに悪い影響を与えかねません。
「入職した時点で、雇用側が満足できる仕事とはどんな要件を満たすかを明確にして、期待することを『見える化』し、スタッフに早めに伝えておくことが大事です。そうすることで、同僚の評価に対しても納得感が得られやすくなります。
また、報告書などの提出期限や必要性などを詳細に指示することも押さえておきたいポイントです。仕事に関する雇用側の希望を伝えた上で、人事の評価基準を明確に伝えると良いでしょう」
例えば、永野整形外科クリニックでは、外来業務、業務改善、人材育成の3本柱が評価軸となっています。外来業務をきちんとこなしただけでは、評価は3分の1。電子カルテやオンライン診療の新たな導入など業務改善に取り組むことや、スタッフ教育に関与してこその総合的な人事評価だと最初に明確に伝えています。
【タブー5】院長が言えなさすぎて、不満をため込む/つい言いすぎる
言えなさすぎのケース
院長「辞められると困るから言いたいことが言えなくて、ストレスが溜まるな」
一方で…
スタッフA「院長、何も言わないけど不満そう」
言いすぎのケース
院長「つい言いすぎたかな」
一方で…
スタッフB「傷ついた。もう辞めたい」
スタッフに注意や不満を伝えたくても、「関係が悪くなると困るから」と我慢していると、次第にストレスがたまるものです。反対に強く言いすぎてしまうと、スタッフBさんのように落ち込ませたり傷つけたりして、時には退職につながるケースもあります。「言えなさすぎ」でもなく「言いすぎ」でもない、上手なコミュニケーションが必要となります。
「そんなとき、私が有効だと思うのが、『アサーティブ・コミュニケーション』です」と永野氏。人材育成やマネジメントの現場でよく聞かれる言葉なので、ご存じの方も多いと思いますが、相手の立場を尊重しながらも自分の意見をしっかり伝えることができる自己表現のスキルをいいます。
そもそもコミュニケーションのタイプは、おおむね3つに分類されるといわれます。
■コミュニケーションの3つのタイプ
- アグレッシブ(攻撃型)=自分の意見を率直に主張できるが、相手の気持ちや状況を尊重できない
- ノン・アサーティブ(非主張型)=相手の気持ちや状況を尊重できるが、自己表現が苦手で、自分の意見が言えない
- アサーティブ(主張と尊重型)=アグレッシブとノン・アサーティブのバランス型。相手の気持ちや状況を尊重しながら、自己主張ができる
「院長がこの『アサーティブ』なコミュニケーションを意識して、言いにくいことも受け入れられやすいように伝えることができれば、不要な摩擦が生じず、チームの生産性にも良い影響を与えられると思います」
このとき、スタッフ一人ひとりのコミュニケーションのタイプを見極めることもポイントです。ノン・アサーティブな人には意見が言いやすいように促し、アグレッシブな人には攻撃性を抑えるようにうまく会話を導く。そうすることによって、誰もが意見しやすい職場環境をつくることができます。
【前編まとめ】今一度、スタッフとの関係を悪くしがちな言動を確認しよう
前編でご紹介した、5つの「間違ったコミュニケーション」。よくないとわかってはいても、日々の忙しさの中で、ついやってしまっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
後編では、永野氏から、反対にスタッフとのより良い関係をつくるための「上手なコミュニケーション」についてアドバイスしてもらいます。
<執筆者プロフィール>
森 由紀子(もり・ゆきこ)
ライター。医療系雑誌編集部を経て、コピーライターとして独立。阪神間で、医療や食品関連の情報誌や販促物の企画制作に携わる。夫の転勤に伴い、横浜市に転居。製薬企業のCSR関連情報誌や歯科医院サイト、『ドクターズ・ファイル』のクリニック・病院のコンテンツ制作に関わり500人以上のドクターを取材。