経営のヒント

2024.2.16

ドクハラの加害者にならないために!患者との4つのミスコミュニケーション防止法を弁護士が解説

ドクターハラスメントのリスクを回避する方法

医療はサービス業ともいわれる昨今、接遇に力を入れる医療機関が増え、医療を取り巻く環境は大きく変わりました。しかし一方で、医療機関の患者に寄り添う姿勢とは裏腹に、近年、インターネット上の掲示板やクチコミサイト、SNSなどに医師やクリニックの名前を明示して、「ドクターハラスメントだ!」と訴える書き込みが多く見られます。

「ドクターハラスメント」、通称「ドクハラ」とは、医師による患者の心に傷を残すような暴言、態度のことを言います。医師にそんなつもりはなくても、患者の主観によってハラスメントとみなされてしまう可能性があるから注意が必要です。

そこで今回は、ネット時代ならではのドクターハラスメントのリスクを回避するために、IT・インターネットに詳しく、医療機関の顧問も務める弁護士法人戸田総合法律事務所の松本紘明弁護士に取材。ドクハラの加害者にならないために、医師が気をつけるべき患者とのコミュニケーションの在り方について、アドバイスをお届けします。

また、「6つの具体例から学ぶ!ドクターハラスメントのリスクと対策」の記事では、無意識のうちに加害者にならないために、ネット社会におけるハラスメントのリスクや具体的なドクターハラスメントの事例をまとめていますので、併せてご覧ください。

良かれと思った発言が、患者の心を傷つけている!?

近年、増えているのがインターネットへの患者のネガティブな書き込みです。医療機関も例外ではなく、医師やクリニックの信用低下につながるため、今や無視できない問題となっています。

「特に地図サービスの大手Google マップへのクチコミは、インターネット上の書き込みの中でも気をつけたほうがいいでしょう。患者が実際に受診する際に利用することが多く、悪質な書き込みが拡散されてしまうと、患者数が目に見えて減少してしまうなど、経営上のリスクを伴います。この4~5年で、当事務所にも医療機関から、Google マップのクチコミ削除の相談が多数寄せられています(2021年3月時点)。特に競合するクリニックが多い都心部ほどその影響は大きく、注意が必要です」(松本氏)

医師が患者に寄り添う努力をしているにもかかわらず、時にその言動がハラスメントとして受け取られてしまうのはなぜなのでしょうか。編集部にも、医師とのコミュニケーションに関して、次のような不満の声が寄せられています。

以前、西洋薬に強い副作用が出たため、かかりつけ医に漢方薬を処方し直してもらったところ、徐々に改善しました。
先日、数年ぶりに症状が出たため、近所にある別のクリニックを新規で受診すると、医師から「私は西洋医学しか信じない。副作用がない薬は作用もないから、漢方なんて意味がない」と頭ごなしに言われ、以前合わなかった西洋薬を強制的に処方されてしまいました。
私の話は一切聞いてもらえず、一方的に薬を出されたことがショックで、最初は悲しかったのですが、次第にネットに悪評を書き込もうかと思うくらい腹が立ってきました。(東京都 20代女性)

この女性は結局、インターネットに書き込むことはなかったそうですが、過去に受けた治療とかかりつけ医を否定されたことに対し、とても傷ついたといいます。診療に対する医師の自信が、逆に裏目に出てしまったケースといえるでしょう。

患者にとって厳しい内容ほど、「伝え方」が重要

このようなミスコミュニケーションが生じる背景には、「医師と患者ならではの特殊な関係性が影響している」と松本氏は指摘します。

「前提として、患者はなんらかの健康上の不安を抱えて受診しています。一方で医師は、病名の告知や病状など、患者にとって不利益・不安になるような内容であっても伝える義務があります。その上、医師と患者の間には医療の知識量に圧倒的な差がありますよね。そうした特殊な関係性のため、『どう伝えるか』が鍵となってきます。それを誤ると、医師側に他意はなくても、患者の心を深く傷つけることになりかねません。実際に裁判まで発展したケースでも、その発端は些細なミスコミュニケーションであることが多いのです」(松本氏)

話を聞いてほしい患者と、限られた時間で診察せざるを得ない医師

もう一つの理由に、患者の過度な期待感があるといいます。医師も人間ですから、療養上の指導に従わなかったり、予約の時間を守らなかったり、無理な要望をしたりする患者に対して、腹立たしく思うこともあるでしょう。しかも医師は診療時間中に多くの患者を診察しなければならず、一人の患者に割ける時間にも限りがあります。

「医師にも事情や背景があるにもかかわらず、クリニックに行けば医師にじっくり話を聞いてもらえるだろう、気持ちが晴れて病気も治るだろう、と思い込んでいる患者はとても多いですよね。この期待感と現実のギャップが、患者の不安や不満を生む要因の一つでもあります」(松本氏)

患者側の期待が大きければ大きいほど、「医師が話を聞いてくれない」「自分の質問にちゃんと答えてくれない」「自分はないがしろにされている」と感じる傾向があるようです。

患者とのミスコミュニケーション防止に有効な4つの工夫

では、このような誤解を生まないために、医師はどのように対応すれば良いのでしょうか。「多くの先生方にとっては当たり前で、すでに実行されていることばかりだと思いますが」と前置きした上で、松本氏が患者側からドクターハラスメントに関する相談を受けた際に大事だと感じた4つのポイントを挙げてくれました。

1.患者を必要以上に不安にさせる言動を取らない

まず、医療の専門家である医師の発言は患者にとって非常に重いことを、医師自身が改めて自覚することが重要でしょう。忙しいと人はつい言葉が少なくなりがちですが、深刻な内容を伝える際にも、言葉をうまく選ぶことで、ミスコミュニケーションを未然に防ぐことができます。例えば、「手術をしないと治りません」と端的に伝えるのではなく、「このまま何もしなければ治る可能性は低いですが、手術をすれば改善する可能性があります」などとポジティブに言い換えれば、患者の受け取り方も変わるのではないでしょうか。

2.患者一人ひとりに合った言葉で伝える

患者と一言でいっても、当然ながら一人ひとり異なります。患者の性格や価値観、家族構成、生活環境、人生観、また家族の心情などにも配慮しながら、最善の治療法を提示する。そんな医師の姿勢が求められているのではないでしょうか。医師は患者に対し、病状など伝えるべきことを正確に伝えなければいけません。しかしその時、心配性の人、怒りっぽい人など、しっかりと相手を見てその人に合った言葉を選ぶなど、相手の心情を慮った伝え方をすることが大切です。

3.患者と医師、親しき仲にも礼儀あり

長期間、継続して通院している患者とは、家族や親子、親戚のような親近感が湧くこともあるでしょう。しかし、医師と患者との関係では、礼儀を守ることが鉄則です。密な人間関係を築けているからこそ、遠慮がなく、言葉がきつくなっていないかなど、自身の言動を振り返ることが大切です。思わぬ失言が後に大きな問題に発展することもありますから、注意しましょう。

4.理不尽な態度を取る患者と同じ土俵に立たない

患者から心ない罵詈雑言を浴びせられると、医師とて「そこまで言われる筋合いはない」と言い返したくなる気持ちになるものです。しかし、医療の専門家として、常に感情をコントロールし、冷静な対応を心がけることがとても重要です。例え、非常識なクレームだったとしても、同じ土俵に立って感情的になるのではなく、冷静になってうまく受け流すことが肝要です。

患者の声に耳を傾け、より良い医療の実現を

ネット社会の今、患者への対応には、「これまで以上に高い人間力が求められている」と松本氏は言います。

「医師は医療の専門家であり、患者は医療の受け手ですが、同じ人間同士であることに変わりはありません。繰り返しになりますが、きちんと患者一人ひとりを見て、その人に合った伝え方をすることが大事といえるでしょう。また、この時に注意したいのが、『こんなことを言ったら、ドクターハラスメントと思われるかもしれない』と必要以上に気にしすぎて、患者に情報をきちんと伝えないことです。伝えるべきことを伝えないのでは、医師の仕事を全うしたことになりません」(松本氏)

また一方で、インターネットのクチコミの中にも、クリニックをより良くするためのヒントがあると松本氏は続けます。

「患者は診察室ではなかなか面と向かって、医師に対して本音を言えないものです。ネガティブな書き込みは心が痛むものですが、そうした患者の声にも真摯に耳を傾け、患者の想いを知ることも、ミスコミュニケーションの防止、ひいては医師・患者の双方にとってより良い診療にもつながるのではないでしょうか」(松本氏)

患者のためにと思った他意のない一言が原因で、クリニックが経営危機にまで陥るリスクがあることを改めて肝に銘じつつ、これまで以上に患者との円滑なコミュニケーションを心がけたいものです。

<執筆者プロフィール>
岩田 千加(いわた・ちか)
ライター。旅行業界誌記者として取材・編集経験を積んだ後、2000年に独立。経営者や医師、弁護士、著名人のインタビュー、雑誌・書籍の企画・編集を行う。医療分野では、日経やエムスリーグループの医療従事者専用サイトや、『ドクターズ・ファイル』『頼れるドクター』などで長年活躍中。

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