クレーム対応時、「何度も説明させていただいているのですが……」はNGワード
ご存じのとおり、患者からの指摘がどんなに小さなものであっても、クリニックの対応次第で大きなクレームに発展したり、また別の新たなクレームが発生したりすることがあります。うまく事態を収拾するのも、悪化させてしまうのも、すべては初期対応にかかっているといっても過言ではありません。
原聡彦氏によると、うまく事態を収めようと焦るあまり、かえって火に油を注ぐ言葉を発してしまうことも少なくないといいます。
「よくあるのは、患者に説明してもなかなか納得してもらえないとき、『何度も説明させていただいているのですが』と言ってしまうことです。『きちんと説明しているのにどうしてわからないのか?』『聞いていないのか?』というニュアンスが患者に伝わると、最初は良かれと思ってちょっと指摘するだけのつもりでも、大きな怒りへと変わってしまいます」(原氏)
この例では、「クリニック側に非はない」という思い込みから、このような言葉が出たと推察されます。しかし、患者側からすれば、まるで自分の理解度が足りないと言われたようなものですから、イラっとするのも無理はありません。別の言葉に言い換えたり、「こちらの説明が悪かったと思いますが」「言葉不足で失礼しました」など、患者のせいにしない言葉を選んだりするのも有効です。
クレームへの適切な初期対応の3つのステップ
こうした「何度も説明させていただいているのですが』のような相手をイラッとさせるNGワードは、焦った瞬間、とっさの瞬間に出てきやすいものです。慌てず落ち着いて対応できるように、まずはクレームへの初期対応の3つのステップを見直しておきましょう。
1.謝罪する
怒りをあらわにしている人に謝罪をするのは、クレーム対応の基本の「キ」です。ただし、クレーム内容の事実確認をする前に、やみくもにクリニック側の非を認める発言をするのはNGです。クレームの原因そのものではなく、あくまでも「不快な思いをさせて申し訳なかった」という、患者の心情に対して詫びる言葉を伝えることが大切です。
2.傾聴する
傾聴というと、ひたすら相手の話を聴くことだと思う人もいるかもしれませんが、決してそうではありません。相手の話を受け止め、うなずきや相づちによって「あなたの話を聞いている」という姿勢を伝えながら、相手の言葉を繰り返して「あなたの話を理解している」とのメッセージを発し、「大変でしたね」などと共感する言葉をかける……この基本プロセスは日常会話でも有効です。
クレーム内容の事実確認のためにも、傾聴しながら情報収集を進める必要があります。スタッフがクレーム対応時も動じることなく自然に実践できるよう、日頃から傾聴する姿勢を身につけるように指導を心がけるとよいでしょう。
3.切り上げる
話が長い患者の場合、自分が納得のいく答えが返ってくるまで、2時間以上もクレームを続けることがあります。高齢の人なら、同じ話を何度もループして繰り返すこともあるかもしれません。
その場合は、「(ご指摘の内容は)○○ということですね」というように話を要約しながら今後の対応を伝え、いったん切り上げることも必要です。お詫びから傾聴までの時間は、長くても60~90分が目安です。時間をおけば、怒りがクールダウンして収まりやすくなることもあります。ただし、相手の気分を害さずに切り上げるのはとても難しいので、不用意な発言をしないよう慎重に言葉を選びましょう。
クレームを起こりにくくする4つの工夫
クレーム発生時の基本ステップはスタッフ全員に周知しておく必要がありますが、それ以前の問題として、そもそもクレームが起こりにくいように工夫することも大切です。具体的な工夫の方法について、原氏のアドバイスを紹介します。
1.名前で呼びかける
「診療前の『○○さん、お入りください』という場面以外にも、患者の名前を呼びかける頻度を増やすと効果的です」と原氏は説明します。
「開業当初はスタッフ全員で徹底していたのに、徐々にこの習慣が薄れていくことがよくあります。折に触れて初心に返り、名前を呼びかけるよう意識することが大切です。名前を呼ぶことは、親近感が増すだけでなく、患者誤認のミス防止にも役立ちます」(原氏)
2.近況を話題にする
「お孫さんにお会いになるとおっしゃっていましたよね」「○○に旅行されると聞きましたが、いかがでしたか」など、以前話したことを覚えてもらえていると誰でもうれしいものです。個人情報に入り込みすぎない範囲で、患者から聞いた話をメモしておいて話題にすると、心の距離がぐっと縮まります。
1と2に関しては、日頃から患者とうまくコミュニケーションが取れているクリニックでは、すでに実践できていることと思います。「病院・クリニックのクレーム対策|クレームの要因と解決策を専門家が解説!」の記事でも触れたように、クレームはコミュニケーションが不足したときこそ発生しやすいため、患者に対してもスタッフ同士でも、コミュニケーション不足にならないよう注意しましょう。
3.患者はスタッフ全員で見る
診断や治療の詳細は医師が責任をもって説明するべきですが、患者の側からすると、質問があっても医師には聞きにくい、言いたいことを言いづらい、と遠慮することも多々あります。そんな患者の真意を拾うことができるのが、医師以外のスタッフです。
例えば、「長く待たされて疲れた」といった不満の声は、むしろ診察室の外でぽろっと出てくることも。受付や中待合室でスタッフ全員が患者について情報を収集し、診察前に医師に伝えると良いでしょう。そして、「長くお待たせして申し訳ありません。お時間は大丈夫ですか?」と医師が先手で声をかければ、待ち時間が長かったとしてもクレームには発展しにくくなります。
4.患者同士のコミュニティーをつくる
最近では、ウォーキングの会や患者教室など、患者同士のコミュニケーションの場をつくるクリニックが増えています。同じ悩みを持つ人同士で交流できれば、治療に臨むモチベーションが上がったり、クリニックへの親近感が増したりと、さまざまな波及効果が期待できます。
【まとめ】クリニックとして努力していることは、「こっそり」ではなく「見える化」する
最後に、クリニックとして工夫や努力をしている姿勢を、きちんと「見える化」することも重要だと原氏は指摘します。どのクリニックでも、患者が居心地良く過ごせるように策を講じていますが、果たしてその工夫や努力は患者の目に見えているでしょうか?
せっかくの取り組みも、伝わらなければ何もしないのと変わりません。例えば、お手洗いを清掃したら、いつ誰が行ったかを記入できるチェックリストを見える場所に貼っておくのも一案です。そうすれば、「患者のためにこまめに掃除して清潔維持に努めているんだな」と、クリニック側の努力が自然に伝わります。
院内で研修や勉強会を開催した、院長が論文を発表したなど、積極的に勉強している姿勢を患者に知ってもらうことも、クリニックのファンになってもらうためには効果的です。
「院内報のようなチラシにクリニックの取り組みを掲載し、目に入る場所に置いたり、会計時に渡したりしてはいかがでしょうか。大きな医療機関では当たり前の院内報も、クリニックで作っている例はそれほど多くありません。だからこそ、差別化の効果が期待できます」(原氏)
患者からのクレームをただのクレームのままにせず、不満の芽を摘んで好きになってもらう――こうしたポジティブな姿勢で、クレームのないクリニックをめざしましょう。
<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。