患者が転院する理由の第1位、「技術レベル」とは何を指すのか?
患者の中には、受診時に何らかの不満を感じたのを機に、別のクリニックに変えてしまう人がいます。原氏が転院した患者を対象に実施したアンケート(2018年9月実施)によると、転院する理由として最も多いのは「技術レベルの低さ」でした。しかし、すべての患者が、医療技術の良し悪しを見極める目を持っているとは限りません。病院変更の理由となる技術レベルの正体について、原氏はこう分析します。
「患者が受診先を変えるのは、本当に医療技術そのものが原因なのでしょうか? 私はそうではないと思っています。患者は医療については素人ですから、診断や治療の詳細まではわからない人が多いはずです。となると、問題の根本は『説明不足』にあると考えられます。
診断や治療に関して患者へ説明がしっかりと伝わらないことが、『技術レベルが低いのではないか』と不信感を抱くことにつながっているのでしょう。つまりコミュニケーションに問題があるために、転院したり、クレームになったりするのだと思います」(原氏)
すでに転院してしまった患者を呼び戻すのはなかなか困難です。しかし、クレームが発生した段階なら、多くの場合、まだ打つ手は残されています。患者が指摘した「不満」を無事解決できれば、逆に「満足」に転じてクリニックのファンになってくれることもあります。どんなことが患者の不満につながるかを知り、クレームを招かないクリニックづくりに役立てましょう。
クレームが起こりやすい職場に潜む「5つの要因」
以下は、原氏があげる「クレームが起こりやすい5つの要因」です。これらを解決するための方法を紹介します。
(1)マニュアルを活用しない職場風土である
まず1つ目の要因が職場風土の問題です。不測の事態が起きたときの基本的な対応手順がマニュアル化されていない、あるいはマニュアルがあってもスタッフが読んでいない、読んでいても活用されていない……このような慣習や風土を変えない限り、同じミスやクレームは減らないでしょう。シンプルな内容でいいので基本的な対応からマニュアルを整備し、全員で共有することが大切です。
(2)コミュニケーションが不足している
2つ目は、クレームが発生する要因として最も多いスタッフ同士のコミュニケーション不足です。原氏によると、クリニックでよくあるのは、受付と診察室の間で情報共有ができていないために起こるクレームだといいます。
「コロナ禍で実際にあった例ですが、あるクリニックでは点滴など一部の診療内容をしばらく行わない方針にしたにもかかわらず、そのことが受付に伝わっていませんでした。いつも点滴を受けに来る患者が診察室に入ってから『しばらく、点滴はできないんです』とドクターに言われ、『長く待ったのに』というクレームになったのです。
このように、受付と診察室の間で情報が共有できていない例は少なくありません。あらかじめ情報が伝わっていれば、受付時に事情を説明し、患者に納得してもらうことができたのではないでしょうか」(原氏)
コミュニケーション不足によるクレームを予防する方法の一つとして、「朝礼のような場を設けること」を原氏は勧めます。情報は毎日、さらに一日の中でも随時変わっていきます。毎日でなくても、5分でもいいので、週1回、月1回などと定期的にスタッフミーティングの機会をつくり、患者についての必要な情報を正確に伝え合うようにしましょう。
(3)思い込みがある
3つ目の要因は、「この場合はいつもこうすればうまくいく」「この患者にはこうするべき」というスタッフの思い込みです。前述の、コロナ禍で点滴を受けるために来院した患者の事例でも、「この患者はいつもどおり診察室に通せばいい」と思い込んでいた可能性があります。いつものやり方を過信して患者の症状など大切な徴候を見落とすことなく、「本当にこれでいいのか?」と疑う目を持つことも大切です。
(4)業務が中断されて、大事なことを忘れてしまう
4つ目は、業務が中断されることで起こるクレームです。緊急の用事が入って仕事が中断すると、重要なことが途切れたまま忘れ去られる原因となります。メモしておけばいいのですが、とっさに手の甲に書いた文字が消えてしまった……ということもあるでしょう。
「誰が見てもすぐわかるような、定型のメモを作っておいてはどうでしょうか。例えば、受けた電話を伝言し忘れないためには、いつ誰からどんな内容の電話を受けたか、折り返し電話をかけ直すか、伝言だけでいいのかなど、最小限のことをチェックできる用紙を作っておくと情報伝達もれの防止に役立ちます」(原氏)
(5)警戒心が下がっている
5つ目は、警戒心が低下して起こるクレームです。「仕事に不慣れな新人は緊張感からミスを起こしにくく、ベテランは経験豊富でミスが少ない。つまり、一番危ないのは少し仕事に慣れた2~3年目のスタッフです」と原氏。かといって、「ミスをしないように」と漠然と注意するだけでミスが減るとはいえません。そこで、ぜひ取り入れてほしいのが、スタッフとの面談です。
「月1回でもいいので、定期的にスタッフと個別面談をすることをお勧めします。その人の長所を承認しつつ、改善を要するところもフィードバックするといいですね。ただし、院長に対しては言いにくいこともあるかもしれません。時には院長夫人や外部のコンサルタントなど、院長以外の人の力を借りてもいいと思います」(原氏)
【まとめ】「開業前に接遇研修をしたきり」のクリニックは要注意!
ここまで紹介してきた職場の問題とその解決法は、どれも特別なスキルを必要とするものでも、費用がかかるものでもありません。一つ一つを根気強く解決していけば、クレームを起こす可能性は少しずつ下がるはずです。
しかし残念ながら、いかに細心の注意を払ってもクレームをゼロにするのは難しいものです。そのため、クレームを減らす努力と併せて、起きてしまったときの対応法も組織全体で整備しておく必要があります。最初はリーダー的なスタッフが担当するのか、早い段階で院長が対応するのか、基本ルールがあれば不測の事態でも慌てずに済みます。
ここで避けたいのが、「開業前にきちんと接遇やクレームの研修をしたから大丈夫」で済ませてしまうこと。「スタッフはみんなわかっているはずだ」という思い込みも、前述の通り、クレームを招く要因となり得るわけです。クレームへの対応法は定期的に全員で見直したり、外部講師を招いて研修を取り入れたりしながら、情報を適宜アップデートすることをお勧めします。
<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。