小児科の開業医の平均年収は約2,192万円|勤務医との差が生まれる理由
初めに、小児科で医院を開業した場合にどの程度の年収が見込めるのか、勤務医の年収と比較しながらご紹介しましょう。
まず、厚生労働省の「第23回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告 -令和3年実施-」(※1)によれば、小児科の開業医の平均年収は「約2,192万円」です。それに対し、2012年9月に独立行政法人労働政策研究所・研修機構が発表した「勤務医の就労実態と意識に関する調査」(※2)によると、勤務医の平均年収は「約1,220万円」でした。
つまり、小児科の開業医は勤務医と比べて約1.7倍の収入を得ている計算です。
この理由として、小児科に限らず病院の勤務医は一般的に固定給制が多く、安定して給料をもらえる一方で、業務内容が増えても収入はほとんど変わらず、収入の自由度が低い傾向にある点が挙げられます。そのため、勤務医の多くが勤務先以外の非常勤などの副業をしており、固定給制という給与体制により、大幅な年収アップをめざせないのは勤務医のデメリットといえます。
それに対して、クリニックの開業医は経営者として、自身の努力や工夫次第で収入を増やすことが可能です。加えて小児科の場合は定期的な予防接種や乳幼児健診などで比較的安定して収益を得やすいほか、小児科特例加算など診療報酬がやや優遇されており、また、他の診療科よりも高額な医療機器の設備が必須でないことから、開業時の初期費用を抑えやすいのも特徴といえるでしょう。
なお、小児科の開業医と勤務医のそれぞれの平均年収は、調査年によって金額が異なりますので、その点はご留意ください。
※1 出典:厚生労働省 中央社会保険医療協議会「第 23回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告 -令和3年実施-」
※2 出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査(2012年9月)」
小児科で開業する魅力とやりがい
上記のような理由から、小児科医として開業すれば一定の収入増加が見込めます。
しかし、年収がアップするというだけでは、開業するか否か決断しきれない医師の方も多いでしょう。また、少子高齢化という社会問題を前に、小児科開業医の将来性に不安を感じる方もいるかもしれません。そのような医師に向けて、小児科医として開業する魅力ややりがいについて、詳しく紹介します。
子どもの健康を支える社会的意義
小児科医として開業する最大の魅力は、子どもたちの健康を支え、成長を見守る喜びを日々実感できる点です。子どもたちの身体的、精神的な成長をサポートし、その過程に寄り添えることは非常に大きなやりがいを得られるでしょう。
また、風邪や発熱のような急性疾患と、気管支喘息や夜尿症、アトピー性皮膚炎のような慢性疾患を診療するだけでなく、健診や予防接種の実施、発達障害や不登校などの相談にも対応し、子どもたちの未来を支える重要な役割を担えます。
加えて、地域の医師会に参加することで、保健センターなどでの小児の休日・夜間救急診療、園医や学校医としての健康診断や相談など、本業以外の業務は増えますが、地域医療に貢献することも可能です。
さらに、子どもたちやその家族から直接感謝の言葉を聞く機会が多いのも小児科医の特徴です。治療を担当した子どもから「先生のような小児科医になりたい」と言ってもらえたり、お礼の絵や手紙をもらったりすることで、医師としてのやりがいを強く感じられるはずです。
設備投資の安さ
CTやMRIなど高額な医療機器や設備が必要な脳神経内科・外科のクリニックの場合、開業資金は7,000万から3億円程度とされています。これに対し小児科クリニックは、4,000万円から7,000万円程度といわれています。一般的な小児科クリニックには数千万を超えるような医療機器を準備する必要性が低いため、開業に際して、他の診療科と比較して設備投資が低く抑えられる点が大きな魅力です。
小児科に限らず開業医の場合、開業後1~2年間は赤字になることもあるため、設備投資の安さは、開業するにあたって大きなメリットといえるでしょう。
ただし小児科の場合は、保護者が子どもに付き添う形で受診することが多いため、広い待合室や診察室、駐車場、キッズルームなど、土地や建物にかかる費用、内装費用は他科と比べると高くなる傾向にある点は要注意です。
総合的に幅広い疾患や症状を診ることができる
日本小児科学会が「小児科医は子どもの総合医である」という基本的姿勢を示しているように、大人を診る内科の場合は専門領域を診ますが、子どもを診る小児科の場合は、特定の部位だけでなく全身の病気を診るのが特徴です。
小児科は、乳幼児から成人するまでの子どもを対象に、風邪やインフルエンザなどの感染症、食物アレルギーなどのアレルギー疾患、小児特有の病気を中心に幅広く診るほか、発達相談や健康診断・予防接種などを行います。そのため、幅広い専門知識が必要となり、一人ひとりの年齢や発達の度合いに応じて、総合的に幅広い疾患や症状を診ることに、大きなやりがいを感じられるでしょう。
また、近年は子どもが少ないからこそ、子どもをより一層大切に育てたいと考える保護者が増えています。特に小児救急のニーズは高まる一方であり、小児科のかかりつけ医の必要性もまた高まっています。そのため国も2016年より、小児科を標榜するクリニックを対象として「小児かかりつけ医制度」の導入を推進しており、小児科開業医のますますの活躍が期待されています。
QOLの向上が期待できる
小児科では、勤務医から開業医にキャリアチェンジすることで、QOL(生活の質)が向上する傾向にあります。
例えば地域の中核病院で働く小児科勤務医の場合、近年は医師の働き方改革によって医師の勤務負担は軽減されつつあるものの、患者の急変時や救急搬送時に対応できるよう当直やオンコール当番の負担があります。そのため、長時間勤務や夜間診療、休日診療などが定期的に発生します。
小児科医は他科と比べて女性医師が多いですが、こうした事情から、女性医師が結婚や出産などをきっかけに、やむをえず病院を退職するケースも聞かれます。
一方で小児科の開業医の場合、クリニックのほとんどが入院施設のない無床診療所であり、外来診療が中心です。その上、診療時間も自分で自由に決められるため、生活リズムが不規則になりづらく、仕事とプライベートの両立を重視したいと考える人にとっては、開業によってQOLの向上が期待できるでしょう。
小児科の開業医がさらに年収を増やす方法
小児科開業医が自分の理想とする診療方針のもと、地域の子どもの健康を支え続けるためには、安定したクリニック経営や労力に見合った収入が欠かせません。そこで続いては、小児科の開業医が年収をさらに増やすポイント3つについて、詳しく見ていきましょう。
乳幼児健診や予防接種に力を入れる
小児科クリニックの収益向上において、乳幼児健診や予防接種の積極的な実施は重要な戦略です。
国の子育て支援政策により、患者は公費負担で健診や定期接種の予防接種を受けられる機会が多くあります。そのため、これらの機会を通じて患者や保護者との信頼関係を構築し、かかりつけ医として選ばれることで、継続的に受診してもらうことにつながります。
また定期接種とあわせて、おたふくかぜワクチンやインフルエンザワクチンなどの任意接種(自由診療)も提供することで、もう一つの収入源を確保できます。
夜間・休日診療の取り組み
子どもの急な発熱や体調不良は平日夜間や休日に発生することが多く、また共働き世帯も増えているため、夜間や休日、深夜に診療を行っているクリニックへのニーズは非常に高いといえます。実施することで、地域連携小児夜間・休日診療料を算定でき、通常の診療報酬以外に追加の収入を得られます。これは近年、救急医療体制が逼迫していることを背景とした、初期救急医療の確保のための取り組みでもあります。
なお、夜間・休日診療を実施する際は、適切なスタッフ体制の整備が不可欠です。医師の確保はもちろん、看護師やスタッフの勤務シフトも慎重に計画する必要があります。
マーケティング戦略を立てる
小児科クリニックの年収増加には、患者に自院の存在を知ってもらうための、効果的なマーケティング戦略が不可欠です。
その方法として、まずWebサイトの最適化が重要です。医療ポータルサイト「ドクターズ・ファイル」が実施した「患者のクリニック選びに関する調査」(※)によると、クリニック探しにおいて保護者である母親たちが用いたツールは「ホームページ」(52.0%)が1位という結果でした。「地域名×小児科」のように地域名を含んだキーワードで検索上位に表示されるよう、SEO対策(検索エンジン最適化)を実施すると良いでしょう。
他には、SNSマーケティングも集患には有効です。ユーザー数の多いLINE公式アカウントやX(旧Twitter)、Instagramなどを活用し、子どもの病気や健康管理に関する情報、クリニックのイベント情報など、保護者目線で発信してみてください。
※出典:ドクターズ・ファイルによる「患者のクリニック選びに関する調査」。対象は、日本全国の0~15歳の子どもを持つ22~55歳の女性400人。2024年6~7月にインターネット調査にて実施。
子どもと保護者が居心地の良い院内設計
通院が苦手な子どもは多いため、通いたくなるような院内の雰囲気づくりが大切です。内装デザインには、子どもの不安な気持ちを軽減するような、パステルカラーや温かみのある木目調などのテイストを取り入れると良いでしょう。
そして、連れ添う保護者の負担を軽減する取り組みも大事です。例えば、ベビーカーでも移動しやすいようにバリアフリー設計にしたり、駐車場やエントランス、待合室のスペースに余裕を持たせたりするほか、キッズスペース、授乳室、おむつ交換台、子ども用トイレなど、患者層に合わせて取り入れてみてください。
また、小さな子どもは待つのが苦手なため、保護者は少しでも待ち時間を減らしたいと考えています。ネット予約の導入は、患者に選ばれる上で重要なポイントとなります。患者の利便性が向上するだけでなく、感染症対策にもなり、予約率の上昇につながるでしょう。
年収アップをめざす小児科医が開業する際の注意点
小児科医が開業する際には、少子化の影響による小児科クリニックの競争の激化、感染症流行の変動による経営への影響などを考慮しなければなりません。注意点をそれぞれ詳しく見ていきます。
少子化の影響による小児科クリニックの競争の激化
小児科での開業を検討する際、少子化の影響による小児科クリニックの競争の激化は避けて通れない課題です。近年、小児科を標榜する医療機関のうち、病院の数は減少傾向にありますが、クリニックの数は横ばいで、またクリニックで働く小児科医の数は増加傾向にあります(※)。
超高齢社会の日本では出生数、出生率は減少傾向にあり、子どもが少ない場所で小児科のクリニックを開業すれば、患者数の大幅な増加は期待しにくいでしょう。
そこで、差別化戦略が重要になります。例えば、一般診療以外にアレルギーや思春期、頭痛、低身長などの専門外来を設けるほか、院内に病児保育施設を開設、夜間や休日における診療の実施、オンライン診療の導入など、特色あるサービスを提供することで他院との差別化を図れます。
※出典:厚生労働省「小児医療について 第2回医療政策研修会及び地域医療構想アドバイザー会議」
季節による収益増減の対策を行う
どの診療科でも季節変動の影響を少なからず受けるものですが、中でも小児科や内科のクリニック経営は、感染症の流行など、季節に収益が左右されやすいといわれます。
これには、小児科は慢性疾患よりも風邪やインフルエンザのような感染症など急性疾患の比率が高い点が大きく影響しています。例えば夏は冬に比べて感染症が流行しづらく、特に学校に行かない夏休み期間中は子どもが体調不良になりにくいため、患者数が全体的に減少して収益が大きく落ち込む傾向にあります。
そこで、年間を通じて安定した経営を行うためには、季節変動を考慮した経営計画が求められます。例えば、繁忙期にしっかり収益を上げるために、秋口から春にかけての流行期に備えて十分な医療器機や薬品の確保、適切な人員配置、広告を活用した集患の強化など、戦略を練って計画的に進めることが大切です。
小児科で開業するために必要な準備
小児科で開業するために必要な準備は、資金計画をはじめ地域のニーズ調査、利益の仮説検証など多岐にわたります。具体的な方法やポイントを解説しますので、ぜひ参考にしてください。
ゆとりのある資金計画
前述したように、小児科の開業資金は一般的に4,000万円から7,000万円程度が目安となります。ただし、初期費用は立地や医療設備、スタッフの採用費などに応じて大きく変動するため、綿密な資金計画が不可欠です。
例えば、都心部の人通りの多い場所にあるビルテナントで開業する場合、月々の家賃が数十万円に達する可能性があり、高額の支出を想定する必要があります。
また、小児科クリニックではさまざまな感染症の治療を行います。保護者が安心して子どもを通院させられるよう、患者同士が接触しないよう導線を工夫したり、隔離室を用意したりなど、さまざまな感染症対策を講じることが求められます。
そのため最初は必要最低限の設備や機器、人員でスタートし、経営が軌道に乗ってから追加するなど、ゆとりのある資金計画を立てることが肝要です。
地域のニーズ調査の重要性
小児科クリニックを開業する前に、地域のニーズを正確に把握しておくことが大切です。次のような場所は小児科クリニックの開業候補になり得る立地です。
- 子どもの人口が増加、あるいは数を維持している地域
- ファミリー層が住む住宅地
- 駐輪・駐車スペースを確保できる場所
- 駅やバス停が近くて通いやすい距離にある場所
また、開業前には「診療圏調査」を利用するのがお勧めです。診療圏調査は、開業する場所の候補地において1日当たりの見込み患者数を把握できるものです。人口動態や競合状況を分析し、最適な場所を選ぶようにしましょう。具体的には、次のような方法を用いるのが一般的です。
- 国勢調査(※)の人口データを参考にする
- 競合クリニックの診療科目や特色を調べる
- 地域の特性や医療政策の動向にも注目する
利益の仮説検証を行う
収益を最大化しながら経費を抑える戦略を練るためには、事前に次のような公式を使用し、各要素を詳細に分析しながら仮説を立て、検証していく過程が重要といえます。この公式は、一般企業が起業する際にも重要視される数値のため、クリニックの開業時にも役立つはずです。
- 利益=「売上-費用」
- 売上=「単価×患者数×診療日数」
- 費用=「原価+販売管理費」
例えば、患者数の不足が収益率低下の要因となりそうであれば、効果的なマーケティング施策を展開することで状況の改善を図ることができます。こうした方策を通じてクリニックの経営を最適化することにより、安定した収益の確保につながるでしょう。
まとめ
小児科として開業するメリットは、未来ある子どもたちの健康を支える社会的意義や設備投資が比較的安い点などが挙げられます。また、夜間・休日診療の取り組みや効果的なマーケティング戦略により、さらなる年収アップの可能性があるでしょう。
一方で、少子化の影響や競争の激化、季節による収益の変動など、注意すべき点もあります。開業後に長期にわたって、自身が理想とする医療を追求し、地域医療に貢献し続けるためには、十分な資金計画を行い、適切な収入を得ることが大切です。
小児科の開業は、子どもたちの健康を守る重要な役割を担いながら、高い収入を得られる可能性のある魅力的な選択肢です。しかし、経営面でのリスクも考慮し、十分な準備と戦略が必要です。この記事が、小児科開業医としてのキャリアを検討する際の一助となれば幸いです。(クリニック未来ラボ編集部)