人事評価の公平性をより高めるために、評価時の注意点を把握しよう
人事評価は人間が行う以上、どうしても感情や主観などに影響されやすい部分があります。しかし、スタッフの給与や処遇を決める人事評価は、公平に行われることが大前提です。そこで、第4回では、明確な評価軸をもとに適切に目標設定を行うことや、偏見や先入観、感情によって無意識のうちに偏った評価に陥ってしまう「人事評価エラー」に注意することなど、院長などの評価者が会得すべきスキルについて解説しました。評価には大きな責任が伴いますので、できるだけ評価者は常にスキルを磨き、スタッフから信頼を得られる評価につなげましょう。
そして、それと併せて経営側には人事評価時に注意しておきたい点がいくつかあります。人事評価を成功に導くために欠かせないポイントですので、本稿で詳しく解説していきます。
効果が上がらない理由はココにあり!? 特に気をつけたい5つの注意点
新たな人事評価制度が定着するまでには一定の期間がかかるものです。しかし、導入したものの「期待したような効果が出ていない」「うまく機能していない」……そんなお悩みを抱えている場合は、以下の5つの注意点に当てはまることがないか、まず確認してみてください。
■人事評価時の注意点
1. 理念・ビジョンとずれている
2. 評価基準が明確でない
3. 評価項目が極端に多い
4. フィードバックをおろそかにしている
5. 定期的に見直しをしていない
上記のうちのいずれかに心当たりがある場合、見直しを検討してみてもいいかもしれません。対策と合わせて、一つ一つを詳しく見ていきます。
1.理念・ビジョンとずれている
人事評価は、経営戦略的な面から見ると、経営側がクリニックをどのように発展させていくか、はっきりとした指針を示し、それに合わせてスタッフ一人ひとりにどのように成長してほしいのかを具体的に提示する、というものです。
そのため、評価項目や基準がクリニックの経営理念やビジョンにひもづいていないと、方向性に相違が生じ、スタッフは何を目標にしたら良いかがわからなくなり、成長のチャンスを見失ってしまいます。せっかくの人事評価をきちんと機能させ、成果を上げるためには、軸となる経営理念やビジョンとずれがないように設計することが大切です。
2.評価基準が明確でない
公平で客観的な評価によって、スタッフに納得感を与え、モチベーション向上につなげることが人事評価の目的の一つです。しかし、評価基準が曖昧な場合、「人事評価エラー」という評価者の心理が影響してバイアスがかかり、偏った評価に陥ってしまうケースが発生しやすくなります。その結果、逆にスタッフの不信感が増幅したり、モチベーションが下がったりするなどの悪循環に陥ってしまうことも。
スタッフは、公平で客観性のある評価基準を設けられていること、そして、自分たちが何について、どのような基準で評価されているのかを把握することを求めています。「人事評価エラー」を防ぐためにも、明確な指標を設定し、必ず評価者とスタッフの両者の間で共有しましょう。
3.評価項目が極端に多い
人事評価は正しく適切に行うことが重要です。しかし、それなりに労力もかかります。あまりにも通常業務を妨げるほど労力がかかるようになると、運用がうまくいかず機能しなくなる可能性があります。
その要因の一つとして挙げられるのが、評価項目が多すぎることです。評価項目が膨大になると、管理が複雑で評価の整合性が取れなくなり、スタッフ側は評価への理解度が下がってしまうことも。また、評価者にとっては大きな業務負荷となり、主業務に支障を来します。さらには、項目が多いことで一つ一つの項目を慎重に評価できなくなり、その結果、スタッフが「適正に評価されない」「自分のことを真剣に見てくれない」と不満を感じてしまう可能性があります。
評価者のキャパシティーがオーバーしないためにも、評価項目は10項目程度、多くて15項目程度に収めるなど、現実的かつ継続できる範囲での運用フローを心がけましょう。
4.フィードバックをおろそかにしている
「フィードバック面談」とは、上司が部下に対して人事評価の結果とその理由を直接伝える場のことです。
医療ポータルサイト「ドクターズ・ファイル」が全国の開業医を対象に行った「クリニックの人事評価制度に関するアンケート調査」(※)によると、人事評価制度を「導入している」と答えたクリニックのうち、およそ8割がフィードバック面談を実施しています。

フィードバック面談は、評価者とスタッフの間で人事評価の結果や課題などを共有することで、スタッフの評価結果に対する納得感が高まり、課題の解決方法やより良い行動計画を立てられるというメリットがあり、この結果からも、その重要性がわかります。
しかし、せっかく実施してもやり方がおろそかだった場合、逆効果になることも。最もありがちなのが、人事評価の結果のみを伝えて終わってしまうこと。スタッフは結果の根拠となる理由がわからないことで、評価の意味が理解できず行動につながらなかったり、努力の方向性に迷いが生じたりしてしまいます。そうならないためにも、評価結果に対する根拠もセットにして丁寧に伝えましょう。
また、目標が未達だったり、課題を抱えていたりするスタッフがいれば、評価者が一方的に指示を出すのでも、一人で考えさせるのでもなく、具体的にどう行動すれば良いのかをスタッフと一緒に考える姿勢を持つことが重要です。経営側がしっかり現場を見て寄り添うことは、信頼関係の構築やスタッフのモチベーションアップにつながります。
5.定期的に見直しをしていない
評価項目や評価基準などは、クリニックの現状を踏まえて設定するものです。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行のような社会変動やクリニックの成長、経営状況の変化などに合わせ、クリニックの事業規模や方針、それに伴う人員や勤務形態などは、時間とともに変わるもの。
そのため、見直しがされないままだと、クリニックの実態とかけ離れた人事評価制度となってしまい、理解が促されず評価の意味をなさなくなってしまいます。また、スタッフの間に不満が生じてしまう可能性も高まります。このように方向性に相違が生じた結果、クリニックの成長スピードが鈍ってしまうことにもなりかねません。現場の意見にも耳を傾けながら、定期的にクリニックの「今」に合わせたアップデートを行うことが肝要です。
人事評価がうまく機能しない場合に想定される4つのデメリット
1.正当に評価されないことにより、個人のモチベーションが低下
不明瞭な評価基準などを理由に、スタッフが「成果を上げても正当に評価されない」などと納得性を感じられなくなると、士気やモチベーションが下がりやすくなります。向上心も湧かなくなり、仕事への姿勢も後ろ向きに。その状況が進行すると、経営側への不信感につながってしまいます。
2.評価の不公平感により、スタッフ間の雰囲気が悪化
評価に不公平感を抱くスタッフがいると、スタッフ同士でのコミュニケーションが取りづらくなり、チームワークが円滑にいかなくなるなどの影響が出やすくなります。スタッフ同士の信頼関係にも支障が生じ、院内の人間関係や雰囲気が悪化してしまいます。
評価担当者による評価が納得できず、「あの人は評価されるのに、同じように頑張っても私は評価されない」など不公平感を生んでしまうと、職場の雰囲気がぎすぎすしがちに。周囲への不信感から、スタッフ同士の円滑なチームワークやコミュニケーションが取りづらくなります。中にはストレスや嫉妬、被害妄想などから、人間関係の問題に発展する可能性も。
3.生産性が低下し、業績が悪化
1、2のような状況が続くと、スタッフは評価の意味が理解できないことで成長が鈍化し、伸びる業績も伸びにくくなります。そして経営側への不信感が高まり、スタッフ同士の人間関係が崩れ始めると、現場は仕事に前向きに取り組めなくなります。ひいては患者へのサービスに影響が出る可能性も。クリニックの顔ともいえるスタッフですから、最悪の場合は患者離れが進み、業績悪化という結果にもつながりかねないので注意が必要です。
4.状況が改善されないと、離職率がアップ
3の状況が改善されないまま時間が経過すると、スタッフの離職へとつながる可能性があります。それに伴う人手不足や、新たな採用活動などにより、スタッフやクリニック全体の負担が増え、結果として人事評価制度が機能しなくなることも考えられます。モチベーションの低下や雰囲気の悪化に気づいた時点で放置せず、迅速に改善を試みましょう。
【まとめ】
今回は、「人事評価時の注意点」について紹介しました。
人事評価は公平性が何よりも大切です。あらかじめ注意すべき点をしっかり把握した上で、スタッフ一人ひとりの納得度が高まる評価を行い、確かな信頼関係を築き、モチベーションを高めることを心がけましょう。そうすることで、人事評価制度をうまく運用に乗せることができれば、より診療もスムーズになり、売り上げの向上などクリニック経営の改善につなげることができるはずです。
次回のテーマは、本稿でもふれた、人事評価者の主観などによって偏った判断に陥ってしまう「人事評価エラー」です。人事評価に対する被評価者の不満の中でも上位に挙がることが多いため、特に評価者はチェックしてみてください。
※ドクターズ・ファイルによる「クリニックの人事評価制度に関するアンケート調査」。対象は、ドクターズ・ファイルを契約中の全国の医科・歯科クリニック。回答数は210院。2022年4月27日~5月6日にインターネット調査にて実施。
<執筆者プロフィール>
齋藤 由希(さいとう・ゆき)
ライター。DTP関連会社での雑誌制作・進行管理業務、アルバイト情報誌編集部での編集・執筆業務を経て、フリーランスのライター・エディターとして独立。著名人のインタビュー記事をはじめ、芸能・料理・健康などさまざまなジャンルの記事執筆や広告のコピーライティングなどに従事。ヨガ講師としても活動中。
