経営フェーズごとに異なる患者満足と情報発信の方向性《患者のココロをつかむ情報発信》【第6回】

経営フェーズごとに異なる患者満足と情報発信の方向性

患者とのコミュニケーションを上手に取ることで、患者やその家族と信頼関係を築き、満足度を高めたいと考えているクリニックの医師は少なくないのではないでしょうか。

医療情報ポータルサイト「ドクターズ・ファイル」の初代編集長、医療情報誌『頼れるドクター』の編集長として、約20年間、2つのメディアを通じ、医療情報を求める数多くの患者の心理を定性/定量的に分析してきた牧綾子氏が、患者と医師がより良い関係を構築するためのノウハウをわかりやすく解説します。

第6回のテーマは、「経営フェーズごとに異なる患者満足と情報発信の方向性」です。

※本稿は、牧綾子著『20年のインタビュー・調査からひもとく 患者のココロをつかむ情報発信 ~2024年改訂版~』(株式会社ギミック)の一部を再編集したものです。

「開業期」から「安定期」「変革期」「承継期」までフェーズごとに必要な情報発信とは

クリニック取材でドクターからいろいろなお話を伺うと、経営フェーズごとに共通する悩みを抱えていらっしゃることがわかります。開業したてのクリニックには新しいがゆえの悩み、開業から数年たったクリニックには地域になじんできたがゆえの悩み、そして長年その地域で診療を続けてきたクリニックには次の世代のことを考えたときの悩みといった具合です。

そこで2万5千件を超える取材から見えてきたフェーズごとの悩みや課題と、それを解決するために必要な情報発信のポイント(※図3)を私たちなりにまとめてみました。

①【開業期】差別化による集患

開業期に大事なのは集患といわれます。ポイントは他院との差別化ですが、地域住民の関心は設備が新しいこと以上に、どんなドクターが開業したのかに集まります。つまり設備がきれいなだけでは集患につながらないということです。

患者には、すでにその地域で足を運ぶ医療機関があるはずですから、それらと違う独自の特長を打ち出し、「行ってみようかな」という関心を引き出す必要があります。

例えば開業数十年のクリニックが複数ある地域で新規開業した場合、つい最近まで大学病院や総合病院で最新の医療に携わっていたということを知ってもらわなければなりません。専門知識がアップデートされていることは、他院との差別化に加え、患者の安心と信頼を得ることにもつながります。

逆に、そうした事実を伝えなければ経験の浅いドクターと捉えられてしまうリスクがあります。また、 新規参入だからこその地域医療に懸ける情熱を伝えれば、それも患者の期待感につながるでしょう。

しかし、開業時はコストがかかるため、本来は必要な情報発信に予算を割けないというケースはよくあります。だからといって電柱広告や交通広告だけでは、クリニックの存在は知ってもらえたとしても、情報不足のため、選んで足を運んでもらえるクリニックにはなり得ません。また、第1回でも取り上げた、クリニック選びで活用した情報源の調査(※Q1)でわかったとおり、こうしたオールド・メディアを参照する人はわずか数%です。

そして、第4回でもお話ししたように、患者が求める情報は「ドクターの特長」なのです(※Q7)。

ところがドクターが自身のことを相対評価し、周囲のクリニックと差別化できる自院の特長を伝えるのはかなり難しいことです。ましてや新規開業ともなると、把握する周辺クリニックの情報は少ない上、最新の医療に精通する新進気鋭のドクターであっても、自身の特長に気づかないこともよくあります。

そういうドクターにこそ、「ドクターズ・ファイル」のインタビューが本領を発揮し、お役に立てると考えています。私たちは地域のドクターを日々取材しているため、その地域におけるクリニックの相対的な特長を浮き彫りにすることができるからです。

また、ドクターがインタビューに答えていくうち、他院との差別化につながる特長にご自身で気づくという場面にたくさん遭遇してきました。

開業したら看板広告を出すのが当たり前という過去の常識にとらわれず、より患者が知りたい有益な情報を伝えていくことが集患につながるのではないでしょうか。

②【安定期】既存患者の満足度・信頼維持

開業から数年がたち患者が増え、開業期ほど集患に焦らなくても済む時期です。一方で、だからこそ生じる課題もあります。

例えば、混む曜日や時間帯が出てきて「以前よりじっくり診てもらえなくなった」とか、混雑緩和や専門性の追求などの理由から非常勤のドクターを採用すれば「院長先生に診てもらえなくなった」「新しい先生と相性が合わない」など、既存患者からちょっとした不満が上がるようになります。

この安定期に患者が抱き始めるのが、いわゆる「サイレントクレーム」です。表面化しにくいのでクリニック側はなかなか気づかないということが、さらに問題を深めます。

ただし、患者離れを起こす前に情報発信の方法を見直すことで問題解決に至ることがあります。既存患者との間には一定の信頼関係があると安心せず、情報を継続的に発信していくことは、現在患者が抱いている信頼感をさらに揺るぎないものにする力になるのです。

また情報発信する際には、どんな患者を診たいのかという患者像、つまり「ペルソナ」を設定してみるのもいいでしょう。開業期には専念しづらかった専門的な治療など、安定期だからこそ本来地域で提供したいと思っていた医療の方向性が見えてくるはずです。

想定するペルソナに向けて情報発信できるメディアを活用すれば、ドクターと患者のニーズがマッチングしやすくなり、サイレントクレームが生まれにくい環境につながります。

加えて安定期は、サービス自体の改善を検討すべき時期でもあります。私は長年の取材の中で、既存患者に対するサービス向上は確実に新規患者の取り込みにもつながると感じています。

例えば、この時期は開業期からのスタッフが入れ替わり、患者と新しいスタッフとの間でコミュニケーションの「ミス」や「ロス」が起こりがちです。さらに日中のスタッフの様子は診察室にいるドクターからは見えづらく、問題が起きていてもドクターが気づけないケースも少なくありません。こうしたことはサイレントクレームが起きる土壌となります。

患者が不満を抱きにくく、スタッフもトラブルに巻き込まれずに安心して働ける環境にするためには、多忙なドクターとスタッフ間の密接なコミュニケーションが欠かせません。そのために医療機関専用の院内SNSを活用するのも一つの方法です。

③【変革期】新たな患者ニーズに応える情報発信

安定期の取り組みをさらに深めていくと、地域に根づいて患者が定着し、その街の住民にとってなくてはならないクリニックになっていきます。すると経営資源に余裕が生まれた状態で変革期を迎えます。

この時期には、より良い医療を提供したいという想いから新たな検査機器を導入したり、受診の多い病気や症状に対応できる診療プログラムを新規に設けたりするものです。

例えば、糖尿病患者を診る内科クリニックで、定期健診や経過観察に加えて、管理栄養士を採用して食事指導もできる体制にしたり、循環器の検査や治療が得意な第二診のドクターを迎えたりといったケースです。

ほかにも、働くパパ・ママを支援したい小児科クリニックが病児保育を始めたり、子どもたちに歯の大切さを伝えたい歯科クリニックが歯医者さん体験教室を始めたりと、多くのクリニックが多岐にわたる取り組みに乗り出します。

しかし、それらも患者に知ってもらわなくては意味がなく、素晴らしい取り組みが地域の患者にうまく伝わらずにお困りのドクターが多いと感じます。

また、取り組みの目的や意義について、スタッフ全員に共有するプロセスも大切です。開業期にはクリニックがめざす姿やドクターの診療理念などを共有する機会も多いですが、時間の経過とともにおざなりになると、スタッフの士気は薄れていくもの。新しい取り組みには少なからず負担を伴いますから、「なぜこの取り組みを行いたいのか」「それによって何をめざすのか」をきちんと伝えきれていないと、スタッフの「やらされ感」が増し、モチベーションやひいては定着率の低下にもつながりかねません。

患者に診療理念を伝える必要があるのと同じように、一緒に働くスタッフにも、「目に見えない想い」を伝えることが大切なのです。

それは、何か新しいことに取り組むときだけでなく、問題が発生したときも同様でしょう。例えば、患者からのクレームを受けたとき、スタッフを注意して患者に謝罪を促すだけで終わらせていないでしょうか。表面的な部分だけを整え、小手先で改善を図ろうとしても根本的な解決にはつながりません。

今後も同様のトラブルを起こさないようにするには、クレームが起きた原因を探るとともに、「僕はこういうことを大事にしたいから、その対応で大丈夫だよ」と、根底にあるドクターの考えを伝えることが非常に大切になります。この「なぜなら」の部分がきちんと伝わっていれば、スタッフが自ら考え、行動していけるようになるはずです。そんな自律したスタッフたちを育てることが、最終的には患者満足度の高い医療の提供につながるのはいうまでもありません。

第3回でクチコミによるレピュテーションリスクの高まりについてふれましたが、「クチコミのキーパーソン」ともいえるのがスタッフです。それだけに、人材採用・育成はドクターが頭を悩ませる部分でもありますが、見方を変えればスタッフがうまく機能しているクリニックは、患者の信頼を得やすいともいえるのです。だからこそ、私たちはクリニックの実情に沿った人材マネジメントシステムを開発するに至りました。こうしたツールもうまく活用して、ドクターの意識をスタッフに伝えられれば、クリニックが一丸となって新たな理想に向かうことができるでしょう。

④承継期

院長が高齢などの理由で世代交代を考える時期です。後継者がご子息などの血縁であるケースと、血縁関係のない第三者であるケースとがありますが、いずれの場合も現院長から新院長へと移行していく一定の期間が必要となります。

ここがうまくいかないと患者が世代交代についていけず、長年親しんだクリニックから遠ざかってしまう、あるいは患者がいつまでも院長ばかりを信頼し、新しいドクターへ代替わりできないなどの問題が生じます。

そんな承継期に患者に伝えるべき情報はクリニックの「変化」ではなく「進化」です。若先生は基本的に院長のこれまでの診療方針や大切にしてきた診療スタイルを承継した上で、さらに新たな医療を導入するといった「今まで+アルファ」なクリニックへの進化を患者に伝えることが重要です。

何もないところに一から土台を作るより、すでにある土台を新たに作り変えていくほうが、よほど難易度が高いということがあります。年月をかけて地域の患者に浸透させてきたイメージを進化させていくには、時間とパワー、コストがそれなりにかかるでしょう。そこを惜しまずにかけていくことで、次の世代に最良な形でバトンを渡すことができるはずです。

イラスト/古藤みちよ

<執筆者プロフィール>
牧 綾子(まき・あやこ)
ドクターズ・ファイル初代編集長、頼れるドクター編集長。株式会社リクルートの求人事業部にて10年間、事業・商品・営業の企画業務を担当。その後、株式会社ギミックにて「ドクターズ・ファイル」の立ち上げと『頼れるドクター』の創刊から携わる。開業医だった祖父と80歳を過ぎた今も総合病院で内科医として勤務する父の背中を見ながら、ドクターの医療に懸ける想いを肌で感じて育つ。また、2児の母として子育てを通じ医療情報の必要性を強く信じている。クライアントやユーザーに寄り添いながらメディアづくりをすることを大切にしている。

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