クリニックに求められるのは、中立的な立場からの正しい情報発信
ドクターと打ち解けていくと、「実は悪いクチコミを投稿されて困っている」という相談を受けることがよくあります。だからインターネットは怖いのだと。そんな先生方の気持ちを全国に知らしめたのが、2024年にインターネット上のクチコミについて、ドクターなど63人が起こした集団提訴ではないでしょうか。この件は、クチコミによるレピュテーションリスクの高まりを改めて実感させるものであったと思います。
やはり悪いクチコミの与える影響は大きく、たとえ9つの良いクチコミがあっても、1つ悪いことが書かれていれば、その情報に左右されるユーザーは一定数いるもの。一度悪い評価をされると、それが誤解や悪意による不当な内容であったとしても、削除するのが難しいため、クチコミに悩まされるドクターは今も大勢いらっしゃると思います。
この集団提訴を受け、私たちが実施した緊急アンケート調査からも、そのことが浮き彫りになりました。
8割のドクターが誹謗中傷に悩む現状
まずは、インターネット上での誹謗中傷の経験の有無を尋ねたところ(※Q3)、全国の開業医(医師・歯科医師)2073人のうち、「ある」という回答は実に全体の約80%という結果になりました。
また、「ない」と答えた9.4%の方にとっても、今後その状態が維持できるかどうかは残念ながらわからないのが現状です。理不尽な書き込みは、どのドクターにとっても懸念すべき問題といって差し支えないでしょう。
では、実際にインターネット上に悪いクチコミを書かれると、どのような影響があるのでしょうか(※Q4)。こちらの回答からも深刻な状況が浮かび上がります。
「対応のために自分の時間を割く必要があった」は60%以上、「コメディカル・事務スタッフの時間を割く必要があった」も30%以上と、忙しい中対応に追われるクリニックの様子が伝わってきます。
さらに、40%のドクターは「患者が減った」と、その悪影響をはっきり実感しており、「既存患者から不安の声が上がった」が23%以上あることも踏まえると、新規患者だけでなく既存患者へのリスクも無視できないものになっています。加えて、20%近い回答が集まった「採用活動に支障が出た」も、人員不足で悩むクリニックにとっては痛手といえるでしょう。
調査にご協力いただいたドクターからは、「守秘義務があるため患者の一方的な主張に反論できない」「精神的ダメージが大きい」といった悲痛な声も寄せられました。
ただ、その一方で80%以上のドクターがインターネット上のクチコミに対する対策を打てていないという現状もあるようです(※Q5)。
悪いクチコミに左右されないためには、客観的な情報が必要
しかし、患者やユーザーもクチコミをうのみにしているわけではありません。もし悪いクチコミしか情報がなければそれを信じるしかないかもしれませんが、それ以外に中立で信用できる情報があれば、悪いクチコミを打ち消すこともできるはずです。
今は「さまざまなツールで得た情報を、自分の選択基準で取捨選択する時代」です。それだけに、患者が多様な情報に接し、自分自身で正当な評価を導き出せるように、客観的な情報発信を粛々と行っていくことが大切なのです。そうやって患者の判断材料を増やすことこそが、悪いクチコミに負けない唯一の手段になるのではないでしょうか。
加えて、そもそもクチコミには良い内容のものも含まれます。先述したように「ファン化」した患者からの良いクチコミがあれば、客観的な情報と同じように、悪いクチコミを打ち消す効果が期待できるでしょう。
実は以前の「ドクターズ・ファイル」にはクチコミコーナーがあり、多くの声が寄せられていました。中には悪いクチコミもあったのは確かです。ところが、2018年の医療広告ガイドライン改正により、各院のホームページを含む広告メディアでは、クチコミ情報の掲示が明確に禁止されました。
どんなにニーズがあってもガイドラインは守るべき。そう考える私たちはガイドライン遵守の姿勢からクチコミコーナーを撤廃。代わりに、編集部を通じて各医療機関へ患者のメッセージをお届けする「感謝の声」という投稿機能を設けました。するとどうでしょう。患者からドクターやスタッフへの温かいメッセージが、1日に何十件も集まるようになりました。これもまた、患者とドクターのココロをつなぐ役目の一つだと考えています。
正しい情報発信を通じてクリニックへの「ファン化」が進めば、悪いクチコミは自然と淘汰されるものです。あとは心配する必要はない、ということをぜひ多くのドクターに知っていただけたらと思います。
客観的な情報発信がいかに大切かは、先生方も感じるところだと思います。今回の集団提訴に対する緊急アンケートにおいて、中立的な立場でメディア運営を行う私たちの姿勢を高く評価する声が多く挙がったのはその証拠でしょう。改めて自分たちのやってきたことは必要とされているのだとうれしく感じるとともに、引き続きドクターの皆さまの熱い期待に応えられるような、公平性の高い記事づくりをしていきたいと、社員一同、想いを新たにしました。
患者への情報提供はもはやドクターの使命
ここまでお伝えしたとおり、患者が情報を取捨選択してクリニック選びをする時代です。より正しくわかりやすい医療情報の提供は、今後ますますドクター一人ひとりの使命となっていくでしょう。
例えば、十分な情報が提供されないことで患者が不信感を抱くケースに「提供された医療の妥当性」があります。私たちが行う患者のインタビュー調査でも、受診の際になぜその治療や検査が必要だったかを理解できておらず、会計時に「こんなに診察費がかかると思わなかった。何にかかったのだろう」「あの検査、受ける必要あったのかな」と感じたという声をしばしば耳にします。
これは他業種では考えられないことでしょう。どんなサービスも、何にいくらかかるかを知った上で受けるのが当たり前だからです。
ただ、医療においては基本的には患者はドクターを信頼していることもあり、検査の必要性や治療費の明細について事前に深く尋ねることはあまりありません。「きっと私には必要なのだろう」とか「規定の料金設定で算出されているのだろう」と解釈し、ほぼそのまま受け入れます。また、「先生は忙しいだろうな」「面倒な患者と思われたくない」という気持ちから、聞きたくても聞けないままで終わってしまうこともあるでしょう。
ですが、時流を考えると、今以上に説明を求められる時代がすぐに来ると思われます。
日々、多くのドクターに向き合う私たちからすると、物腰がやわらかで患者とのコミュニケーションに長けたドクターが年々増えてきていると感じます。だからこそ患者との行き違いが不信感を招き、ひいてはトラブルに発展するようなことがあってほしくないと願っています。
患者とドクターの間に生まれる行き違いの理由
それにしても、患者とドクターの行き違いはなぜ起きてしまうのでしょうか?
「ドクターズ・ファイル」の調査(※Q6)で、「医師との診療中のコミュニケーションについて」という質問をしたところ、「聞きたいことを十分に聞けないことがよくある」「たまにある」と答えた人は70%近くに上りました。
なぜ患者は聞きたいことを聞けないのでしょうか。その理由の一つに、「他の患者を待たせたくない」という感情があることが挙げられるでしょう。自分が診療まで待ったのであればなおさら、ドクターが思う以上に患者は診察にかかる時間を気にするものです。
加えて、ドクターと患者には、治療「する」側と「してもらう」側という上下の意識が生じがちなこともあるでしょう。
患者は医療の専門知識がないため、「こんなことを聞いたら失礼かな」「そんなことも知らないのかと思われるかも」などと考えてしまうこともあります。
ただ、聞きたいことがあっても聞けないフラストレーションは行き違いや不信感につながります。そうなる前に日頃からドクターの人柄や診療方針などの情報が共有されていれば、患者の遠慮や緊張は軽減されてコミュニケーションが円滑になり、理想とする医療を提供しやすくなるのではないでしょうか。
ドクターが診療時間内に患者の完璧な理解と納得を得るまで説明するのは難しいことでしょう。しかし、患者というのはドクターが可能な範囲でも、真摯に情報提供してくれたと思えば、言葉にできない不安や不信を払拭できるものです。
こうした、ドクターと患者双方の気持ちや事情をくみ取ってきたのが「ドクターズ・ファイル」です。ドクターには説明を届けやすい環境を、患者には説明を受け取りやすい環境をつくり、互いの信頼関係を構築する、それが私たちの果たすべき役割だと考えています。
イラスト/古藤みちよ
<執筆者プロフィール>
牧 綾子(まき・あやこ)
ドクターズ・ファイル初代編集長、頼れるドクター編集長。株式会社リクルートの求人事業部にて10年間、事業・商品・営業の企画業務を担当。その後、株式会社ギミックにて「ドクターズ・ファイル」の立ち上げと『頼れるドクター』の創刊から携わる。開業医だった祖父と80歳を過ぎた今も総合病院で内科医として勤務する父の背中を見ながら、ドクターの医療に懸ける想いを肌で感じて育つ。また、2児の母として子育てを通じ医療情報の必要性を強く信じている。クライアントやユーザーに寄り添いながらメディアづくりをすることを大切にしている。