治療中の患者は何を聞き、何を考えている?《役に立つ!コミュニケーションのコツ》

医師の言葉遣い

近い将来、多くの仕事がAIに奪われるといわれています。しかし、患者や医師、スタッフの間でコミュニケーションがゼロになることはありません。医療接遇、スタッフ育成、組織づくりなどさまざまな場面で、むしろコミュニケーションという普遍的な営みを大切にすることこそ、クリニックの未来に向けた付加価値、温かな財産になるのではないでしょうか。

未来のクリニック経営に役立つ情報を独自に研究してお届けする「クリニック未来ラボ」編集部では、そのためのヒントとなるコラムをお届けします。

ドアの向こうにも「患者の耳あり」

医療ポータルサイト「ドクターズ・ファイル」には、クリニックに関するさまざまなコメントが患者から寄せられています。2020年8月に届いたご意見の中に、このような声があったのでご紹介します。

クリニックに入ろうとした時、ドアの向こうから口論するような声が聞こえました。入りづらいので外から様子をうかがったのですが、どうやら医師らしい男性が大声で「○○じゃねーよ!」と女性スタッフに対して怒鳴っていたようです。怖くなり、思わず受診しないまま引き返してしまいました。(東京都 女性)

この患者は初めて受診するクリニックを訪れた際、この場面に出くわしたといいます。厳しい言葉や態度が自分に向けられたものではないとしても、その医師の診察を受けるのをためらうのも無理はありません。せっかく入口まで足を運んでくれた患者が、診察を受けないまま帰ってしまうのはもったいないことです。

これはドア越しの事例であるため、医師が声を荒らげた理由は不明です。スタッフが重大なミスを犯してしまったのかもしれません。しかし、たとえ指導のための言葉であったとしても、その言動には改善の余地があります。患者の姿が見えようが見えまいが、「壁に耳あり」です。ドアの向こうの患者が黙って引き返すことのないように、発する言葉は誰の耳に入っても構わないものでなければなりません。

治療中、患者の聴覚は研ぎ澄まされている

それでは、診察室の中ではどうでしょうか。先ほどの事例はクリニックの外で聞こえた場面でしたが、医師がスタッフに厳しくあたる様子は治療中にもしばしば見られます。以下の事例は、歯科医院での治療中、ある患者が耳にした医師の言葉です。相手が患者かスタッフかによって、雰囲気がどう違うかを見てみましょう。同じ人とは思えないようなトーンの差が見てとれます。

患者とスタッフへの言葉遣いの違い

ユニットに横たわって目元を覆われると、患者が視覚から得る情報はゼロになります。そのぶん、研ぎ澄まされるのが「聞く」感覚です。この医師は小声で指示を出していたそうですが、自分に笑顔で接してくれる医師が、スタッフには冷淡な態度になってしまう、その差にさぞ驚いたことでしょう。

このやりとりを見て、「忙しい時ならある程度は仕方ない」「スタッフは身内だから、患者への言葉とは違って当たり前」と思う人もいるかもしれません。では、この言葉を聞いた患者は、どう感じたでしょうか?

「この先生、患者には優しい言葉で接してくれるけど、スタッフには『オレ様』なんだ。そう思うと引いてしまいました」

「ギャップ萌え」という言葉があるように、プラス方向のギャップであれば、「この人、思っていたより〇〇なんだ」と好意が倍増します。しかし、逆にマイナス方向のギャップであれば、「実はそうだったんだ……」と悪い印象が何倍にも強まってしまいます。わずかな言葉で患者をがっかりさせる、「ギャップ萎え」は避けたいものです。

短い言葉の後に、フォローの一言を添えるだけで印象は変わる

そうは言っても、「スタッフにまで丁寧に接するのは無理」と思うのも仕方ないことではあります。忙しい時に「早く」といった簡潔な単語でやりとりをすること自体は、それほど悪いことではありません。医師が暇ではない、忙しいから指示が短文になるなんてことは、患者だって百も承知です。

ただし、それはフォローの言葉があれば、という条件つきだと考えてください。「早く!」に続けて、「ありがとう」の一言をつけ足せば、それだけでも印象は180度変わってきます。

相手の行動を承認する言葉は、スタッフの意欲を左右します。例えば、必要なものがサッと出てきたら、時には「お、さすが!」「助かるよ」などと返してみるのも一手です。ほんの一言でも、「上司に認められている」と感じてモチベーションが少しでも上がれば医院にとってプラスとなりますし、しかもスタッフへの感謝の言葉が患者の耳に入ると、「いい職場なんだな」と感じさせる効果もあります。

言うまでもありませんが、コミュニケーションがスムーズであることは、いい職場の条件の一つです。診療中に漏れ聞こえる会話がギスギスしていては、患者は居たたまれないばかりか、「情報の漏れや行き違いなどのミスも起こるのでは」と治療への不信感まで抱きかねません。短い言葉を添えるだけで患者の不安が払拭されるなら、ぜひ積極的に活用したいものです。

<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。

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