患者の承認欲求を満たす近道は、「接遇マインド」の見直しにあり《役に立つ!コミュニケーションのコツ》

患者の承認欲求を満たす近道は、「接遇マインド」の見直しにあり

近い将来、多くの仕事がAIに奪われるといわれ、人同士のつながりが希薄になると考えられています。しかし、患者や医師、スタッフの間でコミュニケーションがゼロになることはありません。むしろ医療接遇、スタッフ育成、組織づくりなどさまざまな場面で、コミュニケーションという普遍的な営みを大切にすることこそ、クリニックの未来に向けた付加価値、温かな財産になるのではないでしょうか。

未来のクリニック経営に役立つ情報を独自に研究してお届けする「クリニック未来ラボ」編集部では、そのためのヒントとなるコラムをお届けします。

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患者の満足度を高めるため、マニュアルをもとに接遇向上に努めているクリニックが多いことと思います。しかし、真剣に取り組んでいるにもかかわらず、うまくいかないこともあります。例えば、患者の話を聞くことが大事だとわかっていても、つい聞き流したり、言葉の真意に気づかなかったりする、そんな経験はないでしょうか? 同様に、患者の姿が目に入っているのに、状況を読み取れていないこともあります。

今回は、患者を「見る」「聞く」がなぜ難しいのか、どうすれば耳や目で得た情報をコミュニケーションに生かせるのか考えてみましょう。

患者の言葉を「聞いている」ようで、「聞き流している」ことはないか?

受付での案内、会計などに関して、多くのクリニックでマニュアルが用意されています。しかし、マニュアルに従うことで、かえってコミュニケーションにズレが生じるケースも見られます。ある内科クリニックで、マニュアルどおりに応対したために患者の不信感を買ってしまった事例を紹介しましょう。

【事例1】内科クリニック

受付A    こんにちは。
患者       すみません、診察券を忘れてきてしまって。
受付A    そうなんですね。ご予約の患者さまでしょうか。
患者       はい、10時に予約した山中です。
受付A    診察券はお持ちでしょうか。
患者       えっ、「忘れてきた」って言ったんですけど。
受付A    あ! 失礼しました。

受付Aさんは敬語を使い、順を追って必要なことを確認しようとしています。にもかかわらず、なぜ耳に入った言葉を、聞いていないかのような応対になったのでしょうか。

Aさんが「診察券はお持ちでしょうか」と聞いた後で、患者が「忘れてきました」と答えれば、スムーズに会話が運んだことでしょう。ところが、この事例では「忘れてきました」と先に言われるという変化球がありました。おそらくAさんはマニュアルにとらわれるあまり、基本プロセスと異なるやりとりに対応できなかったと考えられます。

もしかすると、「うちのスタッフは大丈夫」と思う人もいらっしゃるかもしれません。しかし、この事例と同じ会話は医療現場だけでなく、あちこちで聞かれます。例えばコンビニエンスストアで、先に「レジ袋はいりません」と言ったのに、後で「レジ袋はどうしますか?」と聞かれてしまう、といった具合です。

受付や会計など、確認事項が多い業務はルーティンワークに陥りやすい性質があります。ただし、応対がマニュアルどおりに進むのは、患者もマニュアルどおりに受け答えしてくれたときに限るのです。

患者の姿が目に入ったら、そこから様子を察することが大切

「聞く」に加えて、「見る」ことにも意外と難しい一面があります。患者の姿が目に入っているのに見えていない、残念な事例を紹介しましょう。

ある美容クリニックでは、冬になると待合室に風が入って冷えるため、ひざ掛けサービスを始めました。受付後に患者がソファに座ったら、ブランケットをお持ちして膝に掛けるというものです。気が利くサービスとして患者には好評ですが、よく晴れた冬の日にこんなことがありました。

【事例2】美容クリニック

受付B    (待合室の患者の膝にブランケットを掛けながら)こちら、よろしければお使いください。
患者       ありがとうございます。でも…。
受付B    何でしょうか?
患者       い、いえ、大丈夫です。

この患者は予約時間に遅れそうになり、駅から走って来ました。冬であっても暖かい日だったため、汗をかいた状態です。受付Bさんはその様子に気づきませんでした。しかも、Bさんの厚意をむげに断りづらかったのでしょう。患者はブランケットを掛け、汗を拭いながら待ったそうです。ノーとはっきり言えない人もいるため、なおさら表情や態度を見て心情を察する姿勢が求められます。

マニュアルは守るものであって、縛られるものではない

前述した2つの事例の問題は、マニュアルがテンプレート化し、応用が利かなくなっていることです。マニュアルには、漏れやミスを防ぐ、感じの良い言葉を使う、統一することでバラつきをなくす、などの目的があります。とはいえ、マニュアルの文言や流れに縛られ、「見る」「聞く」が抜け落ちるのは本末転倒です。

では、「聞く」「見る」というコミュニケーションの原点に返るために、何が必要でしょうか? 言うまでもなく、患者の状況や思いに気づこうとするマインドが必須です。しかし、マインド面の指導は難しく、長年かけて形成されてきたものをすぐに変えることはできません。

1つアドバイスするなら、「目の前の患者を、自分の大切な人と思って接する」ことです。この患者が自分の祖父母だったら? 親だったら? そう思えば些細なことも聞き漏らさず、見逃さないように努めるはず。それが対患者のルーティンになれば最強です。コミュニケーションに長けた人は、このマインドがコミュニケーションの根っこにしっかり備わっています。

患者を「聞く」「見る」が習慣になれば、相手に合った言葉が自然に出るように

以下に、「聞く」「見る」が習慣化した医師の事例を紹介しましょう。相手を家族のように思うから、温かな言葉が自然に出ている好例です。

【事例3】内科クリニック

医師C (待合室を歩きながら)あれ、加藤さん? まだ風邪が治りませんか?
患者  いえ、お陰さまで良くなりました。今日はインフルエンザの予防接種を受けようと思って。
医師C それなら良かった!

この内科クリニックの院長であるC医師は1日に数回、待合室に出向くそうです。その理由を聞くと、こんな言葉が返ってきました。

「自分の親なら、待っているときに話しかけられたらうれしいと思うんです。それに診察室で座りっぱなしも良くないので、忙しいときこそ少し院内を歩いて声をかけています」

温かな言葉が聞こえると、待合室の雰囲気も和らぎます。声をかけられた人はうれしい気持ちになり、他の患者には「アットホームなクリニック」「優しそうな先生」という印象を強烈に植えつけるでしょう。

C医師が患者の「変化」を察している点もGOODポイントです。前回受診時のことを覚えているから、相手に合った言葉が出て、テンプレート化とは無縁な会話となったのでしょう。

整形外科でリハビリを続ける患者への、「上手になりましたね」といった励ましも、その人の努力を見てきたから出る言葉です。歯科での「よく磨けていますよ」、産科での「子育て頑張っていますね」も同様です。このように「私を見てくれている」と感じさせ、承認欲求を満たす声かけには、クリニックの印象を押し上げる絶大な効果があります。

また、院内の受付カウンターや診察室のドアは、患者にとっては物理的にも、心理的にも隔たりを感じさせる、「壁」のような存在です。【事例3】の医師はそこを越えて歩み寄ったことも、患者の心に響いた要因といえます。【事例2】も、受付カウンターから出て待合室に足を運ぶのは親近感が湧く応対ですが、「聞く」「見る」が抜けたのがもったいない事例でした。

マニュアルを基本としつつ、大切な人に接する気持ちで言葉を聞き、状況を見る。この姿勢が身につくと、変化球が来ても機転が利くようになります。場数を踏めば、コミュニケーションを楽しむ余裕も生まれるでしょう。そうやって気の持ちようを少し変え、好感度の高い応対につなげてほしいと思います。

<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。

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