【ポイント1】細かく厳しい身だしなみルールはスタッフの反感を買いやすい
まず最初に、スタッフの髪型について度々注意するのに疲れてしまった院長の悩みを見てみましょう。
当院の受付スタッフが肩より少し長い髪をかき上げていたので、「長い髪は後ろでまとめる」ことをルールとして周知しました。すると翌日、そのスタッフは高い位置でまとめたポニーテール姿で出勤し、まとめた髪が大きく揺れてすれ違うときにぶつかるほどでした。「もっと低い位置でまとめては」と指摘したら、今度は低い位置で髪をまとめたものの、耳の両側に垂らした後れ毛をかき上げています。指摘してもキリがなく、困っています。(歯科/院長)
この事例では、「長い髪は後ろでまとめる」というルールが少々言葉不足であることから始まったと考えられます。大事なのはまず、そのルールがなぜ存在するのか「ルールの目的」を伝えること。なんとなくわかるだろう、と考えるのはNGです。ルールの理由を明確に伝えることで、理解と納得感を得る努力をしましょう。行動に結びつくかどうかはここにかかっています。
加えて、身だしなみのルールが大まかであると、指摘してもまた別の問題が発生し、「いたちごっこ」になってしまいます。それを防ぐためには身だしなみルールを細かく規定しておくといいでしょう。
しかし、あまり細かすぎるルールも問題です。あるクリニックでは、「女性は後ろの髪がユニフォームの襟幅の半分を越えたらまとめる」「男性のもみあげは耳の半分より長くしない」とマニュアルに記載したところ、「そこまで細かくする必要があるんですか」とスタッフが引いてしまったそうです。同様に、長い髪はお団子(シニヨン)にする、茶髪は不可、といった厳しめのルールもスタッフの反感を買うことがあります。
ルールは守られて初めて意味があるので、スタッフに受け入れやすい内容とすることが基本です。その観点から考えると、「長い髪は後ろで1つにまとめて後れ毛が出ないようにする」「まとめるときは黒・茶・紺系のゴムや小さなシュシュを使う」「前髪は目にかからないようにする」「もみあげは短くカットする」という程度にとどめるのが無難でしょう。
【ポイント2】「揺れない」をキーワードにすると一度に解決することも
身だしなみをどこまで細かくルールにするか悩むくらいなら、いっそ視点をがらっと変えてみることもお勧めです。その一例が、「揺れない」ようにすることです。
メイクアップ講習なども務める、あるベテランのメイクアップアーティストによれば、品が良く、落ち着いて見える人の身だしなみのポイントは、「揺れない」ことだといいます。「格好のお手本が皇族の方々やニュースキャスターです。落ち着いて見える人たちは常に髪が揺れないようにまとめていて、決して髪を手で触りません」と説明します。言われてみれば確かに、この人たちがお辞儀の後で髪をかき上げたり、髪が邪魔になって頭を振ったりする場面を見ることはありません。
上記事例の院長はこの言葉を知り、「髪が揺れて、かき上げたり頭を振ったりしないようにまとめましょう」と伝えたところ、長すぎる前髪や後れ毛、無造作なまとめ方は自然に減っていきました。「揺れない」というのは、一見すると漠然としているようで、実はヘアスタイルの問題を一度に解決してくれる言葉なのです。このように何かしらルールを設けて実行を促す際には、誰もがアクションにつなげやすい判断基準を示すと良いでしょう。
ちなみに、「揺れない」という言葉はヘアスタイル以外のことにも有効です。ある小売店では、フープタイプの華美なピアスをつけるスタッフに「もっと小ぶりなものにしてください」と指導してもうまく通じず、らちが明きませんでした。そこで「揺れないものにする」をルール化したところ、自然と大きなピアスは見られなくなったそうです。
多くのクリニックではピアスやイヤリングを不可としているので関係ないと思われるかもしれませんが、上記のような髪型の問題のほか、胸ポケットに入れたペンの飾りが揺れて煩雑に見えるようなこともあります。「揺れない」というキーワードを、身だしなみ指導にぜひ取り入れてみてほしいと思います。
【ポイント3】身だしなみマニュアルを作ったら、スタッフ任せで放置しない
スタッフの身だしなみを統一するためには、ポイントを文字化したマニュアルを整備しておくことが大切です。しかし、それが運用されなければまったく意味がありません。以下に、活用されなかった残念な事例を紹介しましょう。
当院ではスタッフ5人がシフトを組んで勤務しており、2年前、スタッフの意見を取り入れて身だしなみマニュアルを作りました。新人が入ったらその都度引き継ぐように伝えてあったので、最近入ったスタッフの明るい茶髪を見て、「身だしなみマニュアルに合わせてください」と伝えました。すると、「何ですか? それ」と聞き返されてしまいました。(耳鼻咽喉科/院長)
この事例における問題の一つは、先輩スタッフが新人にマニュアルを共有するのを怠ったことです。怠ったというより、マニュアルの存在自体が忘れ去られていた可能性もあります。
しかし、一番の問題は、マニュアル作成から2年もの間、院長がマニュアルを放置していたことです。月1回でもいいので、例えばミーティングの度に、「身だしなみマニュアルは守っていますよね」と一声かけていれば、マニュアルの存在を忘れることはありません。新しいスタッフに身だしなみマニュアルを共有するよう指示した後、そのまま放置することもタブーです。新人が入れば、先輩スタッフには「〇〇さんにも共有してくれましたよね?」、新人には「身だしなみのルールは聞きましたよね?」と確認することも指示の一環と捉え、確認のための言葉をふんだんにかけるようにしましょう。
【ポイント4】「清潔」と「清潔感」は似て非なるもの
最後に、スタッフの身だしなみについて指導する前に、院長自身の身だしなみも見直しておきたいところです。以下の事例を読んで身につまされる人もいらっしゃるかもしれません。
当院のスタッフに、「制服の裾が少しほつれているよ」と指摘しました。すると、冗談交じりではありましたが、「院長の白衣も汚れているじゃないですか」と痛烈な一言が返ってきました。白衣は毎日替えているので、そんなことを言われるとは思ってもいませんでした。(眼科/院長)
この事例の院長は白衣をきちんと取り替えているのに、なぜスタッフの目には汚れている、つまり汚いと映ったのでしょうか? その要因は「清潔であるかどうか」ではありません。たとえ洗濯したばかりで「清潔」な白衣であっても、よれっとしてしわがあったりすると「清潔感」は損なわれます。清潔感とは、清潔に「見える」ことを指す言葉。視覚面の印象を良くするためには、「清潔であるかどうか」だけでなく、「清潔に見えるかどうか」も重要です。しわのために清潔感がなくなると「生活感」が出てしまうので、他者の目を意識して身だしなみを整えるようにしたいものです。
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クリニックに入ってすぐ目に入るスタッフの見た目はクリニックの第一印象を左右しますが、第二印象を決定づけるのは院長です。スタッフの手本となるように、ぱりっとして見える清潔感ある身だしなみを心がけることも忘れないでください。
<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。