加齢から起こる病気について、「加齢です」をやんわり伝える言い方とは?
Aさん(38歳女性)はある日、右手の指関節の痛みに気づきました。最寄りの整形外科が閉業してしまったため、Aさんは少し離れた場所にあるクリニックを受診。以下は、エックス線検査を終えた時のAさんと院長の会話です。

あまりに素っ気ない対応にAさんはへきえきし、促されるままクリニックを後にしたそうです。この事例のNGポイントはどこにあるのか、整理してみましょう。
(1)いきなりの「加齢です」は、特に女性患者にはタブー
この医師の言うとおり、へバーデン結節は中高年女性に見られる病気です。しかし、いきなり年齢確認からの「加齢ですね」は要注意。Aさんは「実年齢はまだ30代なのに、体は50代ですね」と指摘されたような気がしてショックだったといいます。
こんなとき、後に続く言葉次第で相手に与える印象を操作することは可能です。「加齢によって起こるので50代に多いのですが、30代、40代の患者さんもいますよ」などと言い方を和らげれば、患者に不快な思いをさせずに済みます。
(2)会話の主導権は医師が握ること
この会話を見て気づいた人もいるかもしれませんが、Aさんの言葉はすべて「?」で終わっています。患者からの質問に対して医師が返答するのでは、会話の流れが患者主導になってしまいます。聞かれる前に医師から一通り説明し、最後に、「何かわからないことはありますか?」と投げかけるのが本来の会話ではないでしょうか。一問一答を繰り返すより説明がコンパクトで済み、診療時間の短縮にもつながります。
(3)パンフレットを渡すだけでは説明したうちに入らない
説明するためにパンフレットを渡すのは、患者にとってはありがたいことです。帰宅後にゆっくり見返し、日常生活の注意などを確認することができます。ただし、渡すだけでは説明したことになりません。患者は正しい診断と適切な治療だけを求めているわけではなく、その病気の原因や症状などについて、その医師の経験に基づくコメントも聞きたいものです。要点だけでも簡単に伝える必要があります。
なお、余談ですが、近隣に他の整形外科がないという理由で、Aさんはこの後にも再び同じクリニックを受診しています。そのとき、受付スタッフより「前回は院長が診察しましたが、今日はどうされますか」と聞かれ、Aさんは迷わず「別の先生もいるなら、その先生でお願いします」と依頼。その日は副院長による丁寧な診察と説明に、Aさんは満足したそうです。
この事例では、他のクリニックが閉業して患者が急増し、説明を手短に済ませたいなど、院長には何か思うところがあったのかもしれません。しかし、その地域に別の整形外科が新たにオープンしたらどうなるでしょうか。「あのクリニックの先生は失礼だから、新しいところに行こう」と思われても不思議ではありません。先のことも視野に入れて患者一人ひとりに接したいものです。
患者の「言葉」より、「感情」に着目した言葉を返そう
続いて、医師の一言で患者がファンになり、かかりつけ医に決めたという事例を見てみましょう。ポイントは、「医師が患者の何に共感して言葉を発しているか」です。
Bさん(45歳男性)は兄をがんで亡くして以来、「自分も同じがんにならないだろうか」と不安を抱いていました。Bさんは持病もなく健康に過ごしており、東京都内に引っ越して間もないこともあって、気軽に相談できるようなかかりつけ医がありませんでした。自治体の健康診断を近隣の内科クリニックで受けた時、Bさんは医師に以下のように尋ねたそうです。この質問に対して、医師はどのような返答をすればいいでしょうか?

(1)相手の「言葉」に共感する、オウム返し話法を活用する
会話をスムーズに進めるためには、相手の言葉を繰り返すことが有効だとされています。その一例が以下です。

ご存じのとおり、患者とのコミュニケーションでは、相手に「共感する」ことが重要です。そのテクニックの一つが「オウム返し話法」です。相手が発した言葉をそのまま、あるいは表現を変えながら繰り返すことで、共感していることを表現することができます。オウム返しを繰り返しすぎるとしつこくなりますが、適切なタイミングで使えば、「私のことをわかってくれているんだ」と思ってもらえる効果があります。
(2)上級編は、相手の「感情」に共感する言葉を返すこと
上記(1)の返答は妥当な対応ですが、より良いコミュニケーションについて考えてみましょう。それは、患者の「言葉」だけでなく、「感情」にも共感することです。以下は、Bさんが実際に医師に言われた言葉です。

相手の言葉をそのまま返す、(1)のオウム返しとの違いがおわかりになりましたでしょうか。相手の言葉や事実だけを返すのではなく、相手が抱いているであろう「感情」を察し、「あなたの気持ちをお察しします」という思いを言葉にするのです。この医師は、Bさんが2年前につらい思いをしたであろうこと、そして現在は自身の健康について不安があること、このような気持ちに共感する言葉を返したわけです。
しかも、パソコンに向かっていた医師は体をBさんに真っすぐ向け、目を見ながらこの言葉を伝えたといいます。「この先生は私の健康だけでなく、気持ちをわかろうとしてくれるんだ」と思い、Bさんは感銘を受けました。これを機に、Bさんはこのクリニックをかかりつけ医とすることに決めました。
「この先生をかかりつけ医にしたい」と思わせるのも、「次は別のクリニックに行こう」と背中を向けさせるのも、医師の言葉次第かもしれません。そうであれば、より良い言葉をかけたいものです。どんな言葉が心に響くかは人によって多少異なりますが、相手の「言葉」だけでなく「感情」を察して言葉にすることにもトライしてみてはいかがでしょうか。
<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。