身だしなみは患者のためのもの、おしゃれは自分のためのもの
多くのクリニックでは、メイクを含む身だしなみに一定のルールを設けていることと思います。しかし、患者の年齢層やクリニックのイメージにより、内容にはかなり幅があります。美容のための医療を提供するクリニックなら、華やかなメイクでも問題になりにくいでしょう。逆に、高齢の患者が多いところでは華美なメイクは敬遠され、クリニック自体の信頼感まで下がる恐れがあります。
当院では高齢の患者さんが多く受診されます。ある日70代の女性患者さんから、受付スタッフの濃いアイメイクに対し、「目が怖くてぎょっとしましたよ」と耳打ちされました。私もそのスタッフのアイメイクが濃いとは思っていましたが、指摘まではしていませんでした。
そこで本人に聞いてみるとアイラインやつけまつげだけでなく、黒目を大きく見せるコンタクトレンズも入れているとのこと。そのため至近距離で目を合わせた時に患者さんは驚いたようです。そのスタッフには勤務中はそのコンタクトレンズを外し、アイメイクは控えめにするよう伝えました。しかし、「わかりました。でもかわいく見えると思ってやっていたんですが……」と少し不服そうでした。(整形外科/院長)
このスタッフの問題点は、身だしなみを整える軸が「自分のため」になっていることです。自分のためという視点を優先し、患者にどう思われるのか見えなくなっていると思われます。
クリニックの主役は患者であることを考えると、「身だしなみは患者のために整えるもの」であり、自分のために楽しむおしゃれとは区別しなければなりません。勤務中は患者に強い違和感を与えない身だしなみを心がけることが必須です。このクリニックでは高齢患者が多いため、相手を不快にさせるような色付きや黒目を大きく見せるコンタクトレンズ、つけまつげは避け、アイラインも最小限にしたほうがいいでしょう。
ただし、スタッフ本人への指導時は、「〇〇はやめてください」「〇〇をしてください」という結論だけでは納得してもらえない可能性があります。「特殊なコンタクトレンズや流行のメイクを見ると、特に高齢の方は驚いてしまいます。仕事中は世代を問わず親しみを持たれやすい自然なメイクを心がけてください」など、なぜそうする必要があるのか、背景から説明すると納得しやすくなります。
ナチュラルメイクは簡単そうに見えて、実は濃いメイクより難しい
続いて紹介する院長の声は、上記の事例とは真逆のケースです。
肌のトラブルは特にないのにまったくメイクをしないスタッフがいます。顔色が悪く元気がないように見え、患者さんを不安にさせるのではないかと気になっていました。
そこで面談時に「少しくらいメイクをしてみては」と伝えましたが、「ノーメイクは自然な状態なのに、なぜメイクが必要なのでしょうか」と言い返されてしまいました。口紅だけはつけるようになりましたが、全体的にもっと明るく健康的に見えるナチュラルメイクをしてほしいと思っています。(歯科/院長)
このスタッフの言うとおり、確かにノーメイクは肌にとっては健康的なのかもしれません。しかし、口紅だけでなくチーク(頬紅)も少し乗せたほうが、他者の目からは明るく健康的に見えます。何もしなくても血色の良い子どもと違い、20代、30代と年齢を重ねれば、明るい印象を与えるメイクは必須アイテム。アトピー性皮膚炎などの肌トラブルがある人は別として、特に肌の悩みがない場合はナチュラルメイクをしてもらいたいものです。
ただし、問題はナチュラルメイクが決して簡単ではないということ。メイクをする習慣のない男性から見れば、軽く塗るだけのナチュラルメイクは難しくないと思うかもしれません。しかし、プロのメイクアップアーティストにとっても、実は一番難しいのがナチュラルメイクだといいます。
濃く塗り重ねるのはそれほど難しいことではなく、絶妙な引き算によって自然に見せるナチュラルメイクこそテクニックを要するからです。この事例のように普段からメイクをしていない人にいきなりナチュラルメイクをするように口頭で伝えるだけでは、定着するのは難しいでしょう。
院長から指摘しづらいメイク問題を解決するには?
スタッフの身だしなみに関する最大の問題は、院長から指摘しにくいことではないでしょうか。院長が男性の場合、女性スタッフへの何気ない一言がセクハラになるのを恐れ、言いたいことをはっきり言えないこともあると思います。
では、女性の院長や同僚スタッフなら言いやすいかというと、この場合もやはり言いにくいものです。限られた人数の職場では、ちょっとした一言が人間関係をぎくしゃくさせる原因となりかねません。また指導にあたっては、ジェンダーレスが叫ばれる時代、女性だからこうすべき、男性だからこうすべき、といった決めつけにも注意が必要です。
以下に紹介する解決策の例なら気まずい思いをすることがほぼないので、ぜひ参考にしてみてください。
【解決策の例1】医療スタッフ向けナチュラルメイクの動画を紹介する
濃すぎるメイクやノーメイクをナチュラルメイクに変えるためには、動画の助けを借りるのがお勧めです。YouTubeなどの動画共有サービスで「ナチュラルメイク」「医療」などのワードで検索すると、医療従事者向けのメイクアップ法の動画がヒットします。
今、若者を中心にメイクは動画で学ぶ時代。女性だけでなく、男性向けのヘアセットやメンズメイクの動画もたくさん出回っています。動画共有サービスでクリニックのイメージに近いメイク動画を指定し、参考にしてもらうといいでしょう。この方法なら、メイクのノウハウを知らない男性院長から細かい指摘をしなくて済み、女性院長なら「一緒にやってみましょう」と誘いやすいのではないでしょうか。
【解決策の例2】接遇の講師から、プロの客観的なアドバイスとして指摘してもらう
スタッフへの「言いにくさ」を解決するなら、院外の人から指摘してもらうことも効果的です。
例えば、スタッフが接遇セミナーに参加する機会があれば、その時にプロの講師から注意してもらえば客観的な意見として本人も受け入れやすいものです。接遇の講師は身だしなみが完璧なので説得力があり、院長も言いにくいことを言う必要がなく一石二鳥です。1名から参加できる公開型セミナーでも多少は要望を聞いてくれることがあるので、申し込みの際に相談してみることをお勧めします。
なお、公開型セミナーのメリット・デメリットについてはこちらの記事「スタッフに接遇研修を受講させる前に、院長がすべきこととは?《役に立つ!コミュニケーションのコツ》」でもふれています。
【解決策の例3】メイクアップのプロに頼んで研修を実施する
ある接客業の例ですが、スタッフたちのメイクやヘアスタイルが派手すぎたり、逆に地味すぎたりと収拾がつかなくなったことがありました。困った店長は、福利厚生としてメイクアップアーティストを招き、制服に合ったナチュラルメイクや髪の整え方に関する研修を実施。メイク後は写真を撮影し、バックヤードに掲示するようにしました。
するとこれを機にスタッフたちに清楚な身だしなみが定着したのです。さらに、「メイクのプロに教えてもらったのは貴重な経験でした。ここに勤めて良かったです」と感謝の声が上がり、職場に一体感が出たといいます。
メイク研修まで開催するのは少々大がかりではありますが、例えば知人の医師・歯科医師のクリニックと合同で実施するならそれほどハードルが高くないのではないでしょうか。講師に心当たりがなければ接遇セミナーを行っている研修会社に問い合わせ、メイク関連のメニューがないか聞いてみるといいでしょう。
<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。