「院長先生」「歯科衛生士の佐藤さん」よりも適切な呼び方とは?《役に立つ!コミュニケーションのコツ》

院長先生

近い将来、多くの仕事がAIに奪われるといわれています。しかし、患者や医師、スタッフの間でコミュニケーションがゼロになることはありません。医療接遇、スタッフ育成、組織づくりなどさまざまな場面で、むしろコミュニケーションという普遍的な営みを大切にすることこそ、クリニックの未来に向けた付加価値、温かな財産になるのではないでしょうか。

未来のクリニック経営に役立つ情報を独自に研究してお届けする「クリニック未来ラボ」編集部では、そのためのヒントとなるコラムをお届けします。

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いつも何げなく使っている言葉が実はマナー違反だった、誰でも一度はそんな失敗があるのではないでしょうか。重大な間違いであれば早急に軌道修正する必要がありますが、ベターな言葉についてもぜひわきまえておきたいものです。今回は言葉遣いの一つとして、人の名前や職種をどう表現すればいいのか、具体的に見ていきましょう。    

クリニックのチームワークを印象づける「名前呼び」の効果

クリニックでは、患者のことを「患者さま」、「鈴木さん」ではなく「鈴木さま」と呼ぶなど、患者への敬意を言葉で表現することが定着してきました。患者とスタッフが1対1で会話する場面ではそれほど難しい敬語が必要ないため、苦慮することは少ないことと思います。 しかし、そこに3人目の登場人物が加わると、途端に混乱してしまうことがあります。以下は、歯科医院で歯科医師による診察が終わった後、歯科衛生士にバトンタッチする場面の例です。

チームワーク

この言葉には特に不適切な点はありません。無言で別のスタッフに交代することに比べれば、はるかにきちんとした対応です。しかし、もっと適切な言い方もできます。その一例が以下です。

歯科医院

上記2つの違いは、佐藤という苗字一言があるかどうかだけで、その他はまったく同じです。このように担当者の「名前」を加えることには、以下のプラス効果があります。

1.責任の所在を明らかにし、ワンチームで診療する姿勢を伝える

まず1つ目は、責任の所在が明らかになるという効果です。担当者の名を明かすことで、「私(歯科医師)に代わり、この後は佐藤(歯科衛生士)が責任を持って対応します」という、医院としてのプロ意識、姿勢を表せられます。また佐藤さんの名前を入れることで、「佐藤さんのことを信頼している、だからここからは任せます」というニュアンスとなり、ワンチームで診療している印象を与えることができます。

2.名前呼びはスタッフのモチベーションを高める

2つ目は、スタッフに与える心理的な影響です。例えば、複数の歯科衛生士が勤務する歯科医院では、歯科衛生士といえば不特定の人を指すことになります。「歯科衛生士の佐藤に~」と名前を添えれば、それだけでも「私に任された」という気持ちにつながりやすく、スタッフのモチベーションに働きかける効果が期待できます。

名前を一言添えることについて、そんなに効果があるのかと首をかしげる人もいるかもしれません。しかし、自分が接客を受けるとき、「お客さま」と呼ばれるより「○○さま」と名前で呼ばれるほうが尊重されている気がする、そんな経験は誰でもあるでしょう。スタッフに対してもこれと同じ効果を狙おうというわけです。

ここで一つ、残念な事例も紹介しておきましょう。以下は、ある病院の院長が、外部の人との打ち合わせ中に秘書に向けて発した言葉です。

モチベーション

この院長には数年前から勤めている秘書が2人いますが、2人とも常に「秘書さん」と指示を受けるそうです。その場に居合わせた外部の人は、「どうして『秘書さん』なんだろう」と不思議に思ったと言います。当事者の秘書はこう漏らしました。

「いつも『秘書さん』としか呼ばれないから、ちょっと寂しいですよ。誰でもいいからやってくれればいい、と思っているように聞こえてしまいます」

スタッフに向けたいつもの一言も、自分が思う以上に、相手には意味のある言葉として伝わることがあります。発する人に悪気があろうがなかろうが、行間を読み取る権利は受け手にあります。たった一言、相手の苗字を呼びかけるだけなら手間もコストもかかりませんから、習慣化してみてはいかがでしょうか。

患者を安心させる言葉は、「先手」でこそ効果がある

続いて、ある内科クリニックの事例を見てみましょう。ある患者が上部消化管の内視鏡検査を受けることになり、次回受診時に検査を行うことを伝える場面です。

内科クリニック

この言葉は上記のポイントを押さえていて、一見問題ないように見えます。しかし、この患者は胃カメラと聞いて、「えっ! 胃カメラですか……」と不安そうに固まってしまいました。医師がその様子を察し、言葉を足して言い直したのが以下です。

胃カメラ

担当者がベテランと聞くと、患者は表情を緩め、「それなら最初からそう言ってくださいよ。私、胃カメラは初めてなんですから」とつぶやいたそうです。患者が明らかに戸惑っている状況なら、不安を解消する言葉をかける、しかもその言葉は「先手で」伝えることが大切です。担当者名を告げることに加えて、状況によってはもう一言、患者を笑顔にする言葉を先手で伝えることができるといいでしょう。

身内であるスタッフを「さん」「先生」づけで呼ぶ人は意外と多い

最後に、クリニックでよく聞かれるNG例も押さえておきましょう。最初に紹介した会話Aでは、スタッフに気を使いすぎてつい不適切な言い方になってしまうことがあります。以下がその一例です。

NG例

このように、患者との会話の中で、歯科衛生士を「さん」づけで呼ぶのはタブーです。歯科医師にとってスタッフは身内にあたるため、「佐藤」と呼び捨てにするのがマナーです。 このNG例は、以下のように立場が逆になったとき、さらに頻繁に見られるようになります。

歯科衛生士

スタッフが患者に対して医師・歯科医師のことを話すときも、「院長先生」ではなく、「院長」「〇〇(院長の苗字)」が正解です。「うちのスタッフはマナーをわきまえているはずだ」と思うもしれませんが、これはクリニックでよく遭遇するマナー違反の一つです。

ある程度大きな医療機関であれば、世話好きな先輩がいて、後輩の言葉遣いを注意してくれることもあるでしょう。しかし、受付1人、医療スタッフ1人、という環境では、誰からも注意される機会がないまま時が過ぎても不思議ではありません。 スタッフは院長への遠慮から苗字を呼び捨てにしづらいもの。気を使い過ぎて思わぬ間違いをしていないか、「外部の人の前では呼び捨てに」と、念のため院長自らがスタッフに周知しておくことをお勧めします。

<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。

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