クリニックにおける人材マネジメントとは?
「人材マネジメント」とは、企業が経営戦略の実現に向けて、「人」という経営資源を計画的かつ効果的に活用する取り組みを指します。
採用から育成・評価・配置・異動・報酬、さらに休職や復職まで、人材に関わる一連のサイクルを戦略的に管理し、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出すことを目的としています。これにより、生産性やエンゲージメントが高まり、組織全体の競争力向上につながります。
クリニックにおいても人材マネジメントは非常に重要であり、特に次の3つの視点を押さえることで、スタッフの生産性やモチベーションが向上し、クリニックの持続的な発展に貢献します。
1.スタッフが成長できる体制を整える
スタッフが仕事を覚え、成長していけるように教える機会やフィードバックの場をつくることで、スキルや専門性が向上し、成長を実感できるようになります。これにより働きがいが高まり、定着率の向上も期待できます。育成が進むことで業務の精度や連携が安定し、接遇力も高まります。
2.求める役割を明確にし、適切に評価する
スタッフに対して「何を期待しているのか」「どんな行動や成果を求めているのか」をわかるようにすることが、役割の明確化です。期待が明確になることで主体性や責任感が育まれ、行動の質がそろいます。
さらに、その期待に沿って評価基準を設けることで公平感や納得感が生まれ、組織全体のパフォーマンス向上につながります。
3.安心して働ける環境をつくる
安心して働ける環境とは、業務分担や指示系統が明確でスムーズに動けるだけでなく、意見や疑問、ミスを安心して共有できる“心理的安全性”が保たれている状態です。
また、休みやすさや働き方の柔軟性など、制度面のサポートも重要です。こうした環境はストレスや不安を軽減し、安定した診療体制を支える土台になります。
なぜ今、クリニックで「人材マネジメント」が注目されるのか?
クリニックで人材マネジメントが注目される大きな理由は、離職防止に直結するためです。医療業界では採用難が続き、人材が定着しなければクリニック運営が不安定になり、院長や既存スタッフの負担も増します。
クリニック未来ラボが開業医を対象に調査した「開業医白書2025」(※)でも、課題として「スタッフの採用」(54.5%)、「スタッフの離職率」(11.9%)が挙がっており、人材の定着が喫緊のテーマであることがうかがえます。
クリニックに多い主な離職理由
クリニックで離職が生じる背景には、昔から変わらず見られる要因があります。代表的なのが次の3点です。
1.人間関係の問題
コミュニケーション不足や不公平感、高圧的な指示、相談しづらい雰囲気はストレスを蓄積させ、職場の心理的安全性を損ないます。結果として、働き続けようとする意欲が下がりやすくなります。
2.仕事内容のミスマッチ
採用時の説明と、実際に任される業務の内容や責任の範囲が異なると、「思っていたのと違う」「自分の強みが生きない」といった不一致が生まれます。こうしたズレが続くと、仕事への納得感やキャリアの見通しが持てなくなり、離職の要因になります。
3.労働条件の不一致
入職前に聞いていた労働時間・休日・給与などの条件が実態と違うと、不安や不信感が生まれ、モチベーションが低下しやすくなります。さらに、子育てや介護などライフステージの変化に合わせた時短やシフト調整ができない職場では、働き続けることが難しくなります。
クリニックの「人材マネジメント」でやってはいけないこと
離職を防ぐカギは、院長の人材マネジメント力にあるといっても過言ではないでしょう。
しかし、「小規模なクリニックでは必要ないだろう」「スタッフのモチベーションは金銭で解決できるだろう」と考え、人材マネジメントの重要性を十分に理解していない院長も少なくありません。
人材マネジメントへの意識が希薄だと、次のような「やってはいけない行動」に陥りやすくなります。
1. 信頼関係を築くためのコミュニケーションが不足2. 評価基準や役割を明確にしない3. 離職の解決策を“賃金アップ”に頼る
いずれの行動も、日常業務の中でスタッフの不信感が増す要因になります。院長に対して「このまま一緒に働いていけるのか」「ここで成長できるのか」といった不安が解消されないままでは、離職につながる可能性が高まります。
こうした事態を防ぐために、次からNG行動を具体的に解説します。
クリニックがやってはいけない「人材マネジメント」3つの失敗行動
人材マネジメントが適切に機能すると、スタッフの役割が明確になり、公平性が保たれることで、成長実感や評価への納得感が生まれやすくなります。一方で、運用を誤ると、スタッフの不満を招き、離職につながるリスクが高まることもあります。
ここからは、クリニックが人材マネジメントで陥りやすい「NG行動」を、3つのポイントに分けて解説します。
1.信頼関係を築くためのコミュニケーションが不足
日頃のコミュニケーションが不足すると、スタッフは院長の考えや期待をつかめず、信頼関係が生まれにくくなります。その結果、認識のズレや孤立感が生じ、離職を考えるきっかけになってしまいます。
距離が縮まらないままでは、指示も「一方的」と感じられ、「なぜ自分なのか」「成長につながるのか」といった疑問が積み重なり、納得感を持ちづらくなります。
こうした状態が続くと、「認められていない」という不安を抱え、貢献意欲やエンゲージメントの低下につながります。
2.評価基準や役割を明確にしない
評価基準や役割が曖昧だと、スタッフは自分の立ち位置がわからず、自覚や自律が育ちません。なぜこの仕事を自分がするのか理解できず“やらされ感”が強まり、成長実感や評価への納得感も生まれにくくなります。その積み重ねが不信感となり、離職を考える原因となります。
院長が「適性に合わせて任せている」と思っていても、どの点を評価しているのか、どんな役割を期待しているのかを明確に示さなければ、スタッフは納得感を得られません。
スタッフの中には、将来の見通しや成長の機会を重視する人も少なくありません。こうした点が見えない状態が続くと、働き続けるイメージを持てず、離職を考えやすくなります。
看護師や医療事務、受付などクリニックで
働くスタッフを適切に評価・管理
3.離職の解決策を“賃金アップ”に頼る
離職理由の一つに「労働条件の不一致」があるように、給与や勤務時間などの条件面はスタッフにとって重要です。
ただし、賃金アップだけでは離職を長期的に抑えることは難しく、効果は短期で薄れがちです。満足感はすぐに当たり前化し、給与だけでは人間関係の問題や評価の不透明さ、役割のミスマッチといった根本要因を解消できないためです。
条件面の整備に加えて、評価軸の明示・役割の明確化・育成機会の設計を進めることで、初めて定着効果が持続します。
さらに、人件費の増加はクリニックの収益に直結するため、賃金アップには限界があります。短期的な引き止めには有効でも、長期的な離職防止策としては不十分です。
クリニックの「人材マネジメント」で失敗行動が発生する要因
クリニックの人材マネジメントがうまく機能しない背景には、いくつかの要因があります。
一番の要因は、「人材マネジメント」という概念が十分に浸透しておらず、離職防止や定着向上に体系的に取り組むものだと認識されていないことです。
実際、「開業医白書2025」(※)では、9割の開業医が「スタッフ定着の工夫」を実施しているものの、その多くは「賃金の向上」「休暇・休日の取得徹底」「福利厚生の充実」「労働時間の見直し」といった条件面の改善に集中しています。
つまり、条件面以外の“働くスタッフの仕事観の形成や運用面のマネジメント”——評価制度、コミュニケーション、育成、役割設計など——への取り組みが十分に進んでいないケースが多いといえます。
また、院長自身が人材マネジメントの重要性を理解していても、日々の診療に追われ、後回しになってしまうことも少なくありません。
クリニックの「人材マネジメント」を成功に導く3つの秘訣
ここでは、クリニックスタッフの離職を防止する人材マネジメントの3つのポイントを解説します。ぜひ参考にしてください。
1.理念でめざす方向を共有し、安心して働ける職場をつくる
理念を明確にすると、クリニックが大切にする価値観やめざす医療がはっきりし、スタッフ全員が共通の方向を向いて働けるようになります。こうした共通理解は日々の迷いを減らし、安心して働ける職場づくりにも役立ちます。
さらに、理念をもとに組織づくりを進めることで、指揮命令系統や役割分担が整理され、各スタッフの役割を明確にすることができます。自分の役割が理解できれば“必要とされている実感”が生まれ、働き続けたいという意欲にもつながるでしょう。共通の価値観が生まれると、相談しやすい関係性や心理的安全性も育ちやすくなり、働きやすい雰囲気が広がります。
理念を継続的に共有するためにも、定例ミーティングなどで理念に触れる機会を設けておくと効果的です。
・クリニック経営における理念の重要性と作り方|採用成功と患者満足度を両立する戦略
・やってはいけない!クリニック理念のNG運用《HR(人事)講座》【第3回】
2.期待や成果を言葉で伝え、スタッフ満足度を高める
スタッフには、「どんな仕事を期待しているのか」を明確に伝えることが大切です。期待が示されることで役割を理解でき、主体的に行動に移しやすくなります。
また、成果を上げたときには言葉で評価を伝えることによって「きちんと見てもらえている」という安心感が生まれ、仕事の意欲にもつながります。
期待や成果の伝え方は、評価制度への反映や面談でのフィードバックなど、日常的に伝える仕組みをつくることが効果的です。難しい場合は、朝礼や休憩時間などに短い言葉でねぎらうだけでも安心感を与えられます。
「貢献できた」「正しく評価されている」と感じられる体験は、成長意欲を育て、クリニックで働く未来が描けるようになります。
看護師や医療事務、受付などクリニックで
働くスタッフを適切に評価・管理
3.時間・休暇・働き方の柔軟性を高める
スタッフの価値観やライフスタイルは多様で、働き方や休暇のニーズも異なります。柔軟に対応できる環境があるほど、スタッフは無理なく働き続けやすくなります。
共働き世帯の増加で育児・介護との両立が必要なスタッフも多い中、時短勤務や有給休暇を使いやすくすることは定着にも有効です。
とはいえ、少人数のクリニックでは「誰かが休むとシフトが回らない」という不安も残ります。その場合でも、半日単位での調整や業務の優先順位付けなど、今の体制でできる見直しだけでもスタッフの安心感は高まります。
人材マネジメントに取り組むクリニックが知っておきたいトレンドキーワード
人材マネジメントをより良く進めるために、押さえておきたい3つのキーワードをご紹介します。取り組みの際にぜひ役立ててみてください。
エンゲージメント
「エンゲージメント」とは、組織と従業員が相互に信頼し合い、つながりを感じている状態を指す言葉です。クリニックでの「スタッフエンゲージメント」は、理念やビジョンへの共感、職場への信頼、貢献したいという意欲などを示す指標として使われます。
エンゲージメントが高いクリニックでは、スタッフが働きがいや誇りを持って仕事に取り組みます。その結果、離職防止だけでなく、サービスの質向上や集患にもつながります。
内発的動機付け
「内発的動機付け」とは、報酬や評価といった外側の要因ではなく、「仕事が楽しい」「成長できる」「クリニックに貢献したい」といった内側からの意欲によって行動することです。
チームの一員として貢献できる実感やスキルの向上、専門性の定着などが、内発的動機付けを高める要素になります。これらは“心の報酬”となり、スタッフのクリニックへの愛着を育てることにも役立ちます。
心理的安全性
「心理的安全性」とは、職場で自分の意見を述べたり行動したりしても、否定や不利益を受けないと感じられる状態のことです。組織内で対人リスクを恐れずに意見交換できる環境を指します。
クリニックにおける心理的安全性とは、スタッフがミスや困り事を共有しやすく、サポートを求めても受け止めてもらえる雰囲気がある状態です。結果として、能力や個性を発揮しやすい職場になります。
心理的安全性が高いクリニックでは、院長とスタッフ、スタッフ同士のコミュニケーションが活発になり、意見や相談へのフィードバックも得やすくなります。
まとめ
スタッフの離職は、単なる「欠員」ではなく、採用コスト・教育にかけた時間の喪失、残るスタッフの負担増など、クリニックに大きな影響を与えます。人材が定着し、チームが一体となって自走するクリニックをつくるには、人材マネジメントの視点が欠かせません。
また、今回取り上げた人材マネジメントをはじめ、人材や組織に関する課題を抱えている場合は、一人で悩まず、専門家を頼ることもお勧めです。
クリニック向け総合サービスプラットフォーム「ドクターズ・ファイル」が提供する「人事の外来」サービスでは、人事(HR)の専門家から、人材採用や育成、評価、組織開発、スタッフとの信頼関係の構築などへのアドバイスが受けられます。
人事に関するお悩みやご相談がある方は、ぜひ一度、「人事の外来」へお問い合わせください。
<文・取材構成>
内藤 綾子(ないとう・あやこ)
ライター。生命保険企業に3年間勤務した後、編集プロダクションにてライターとしての活動を開始。雑誌、書籍、Webで、健康・医療分野およびHR・企業広告・妊娠・出産・育児・教育・生活分野などの企画・記事制作業務に携わる。
