敬語を使わなくても感動を呼ぶ接遇は可能!「まずは丁寧語から」のススメ《役に立つ!コミュニケーションのコツ》

敬語を使わなくても感動を呼ぶ接遇は可能!「まずは丁寧語から」のススメ

近い将来、多くの仕事がAIに奪われるといわれ、人間同士のつながりが希薄になると考えられています。しかし、患者や医師、スタッフの間でコミュニケーションがゼロになることはありません。

医療接遇、スタッフ育成、組織づくりなどさまざまな場面で、むしろコミュニケーションという普遍的な営みを大切にすることこそ、クリニックの未来に向けた付加価値、温かな財産になるのではないでしょうか。

未来のクリニック経営に役立つ情報を独自に研究してお届けする「クリニック未来ラボ」編集部では、そのためのヒントとなるコラムをお届けします。

今回は、患者との会話において大切な要素でありながら、使いこなすのが難しい「敬語」に注目。無理なく丁寧な会話力を身につけるヒントを解説します。

危機的状況にある日本の若者の「敬語力」

ご存じのように、敬語は大きく分けて尊敬語、謙譲語、丁寧語の3種類があります。

若いスタッフにとって、就職後に大きな壁として立ちはだかるのが「敬語」だといわれています。患者や上司、先輩への敬意を尊敬語で表現したり、へりくだる意思を謙譲語で伝えたりするのは、学生時代には必要のなかった配慮なのでしょう。

しかし、若手に限らず、経験を積んだ中堅スタッフでも不適切な敬語を使う人が少なくありません。

以下はある医療機関で実施した、接遇研修後の習得度テストの一例です。解説に沿って、敬語の現状について見ていきましょう。

■敬語テストの例

相手の名字を確認するときに用いる敬語として、最も適切なものを選び、○をつけてください。

( )1.柴田さまでございますね

( )2.柴田さまでよろしかったでしょうか

( )3.柴田さまであらせられますね

( )4.柴田さまでいらっしゃいますね

この問題では、半数以上の人が正解の4「いらっしゃいますね」を選びました。「いらっしゃる」は「いる」の尊敬語であり、名前を確認する場面などでよく用いられる表現です。

次いで多かった解答は1「ございますね」でした。しかし、「ございます」は、「ある」の丁寧語に当たります。一般的によく耳にする表現で丁寧に聞こえますが、実は適切な敬語ではありません。

2の、「よろしかったでしょうか」が癖になっている人も多いのではないでしょうか。この言い回しも何となく丁寧に聞こえますが、文法的には過去形にする必要性がなく、敬語でもありません。

3の「あらせられますね」という設問を見て、「そんな時代劇のような言葉を選ぶわけがないだろう」と思うかもしれませんが、これを選択した人も複数人いました。その中には、新人ではない、20代後半の中堅スタッフもいました。

「あらせられる」は敬語ではあっても、皇族などに対して用いられた最上級の敬語です。つまり、患者に対して使う言葉としては不適切です。

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今どきの敬語教育は時間も気持ちもハードルが高い

医療現場の接遇研修では、とにかく敬語が大事という論調が根強く、スタッフ教育に悩む院長も多いことと思います。

しかし、習慣になった言葉遣いを変えるのは難しく、一朝一夕にはいきません。尊敬語と謙譲語、丁寧語の区別がつかない人が増えている、そんな状況にあらがって教育をするのは時間がかかり、費用対効果も下がります。

スタッフも、「また言葉遣いの研修か」と疲弊し、モチベーションが下がる可能性があります。敬語に気を取られて無表情になったり、つい二重敬語、過剰敬語などの不適切な言葉遣いが出たりすることもあるでしょう。

完璧な敬語を求めるより、まずは丁寧語を使いこなすのが現実的

ここで押さえておきたいのが、そもそもなぜ敬語を使うのか?ということです。

敬語の本来の目的は、クリニックを選んでくれた患者に敬意を示すこと、不信感や不快感を与えないことのはずです。そうであれば少し視点を変えて、言葉遣いに固執したくなる気持ちをリセットすることをお勧めします。

なぜなら、敬語が正しく使えない日本人が増えた近年の接遇研修では、以前ほど敬語の教育に重きを置かなくなってきているからです。

実際、「柴田さまですね」が丁寧語だからといって怒る患者はまずいません。「柴田さまでいらっしゃいますね」の敬語を必ず使うべき、と指導するような昔ながらの接遇研修は、今では下火になりつつあります。これは医療機関だけでなく、客単価3万円超のホテルスタッフの接客研修でもいえることです。

そこで、注目したいのが丁寧語です。「です」「ます」で終える丁寧語は、語尾に注意するだけで礼儀正しい印象を与えることができます。尊敬語の「柴田さまでいらっしゃいますね」と違い、丁寧語の「柴田さまですね」ならハードルが高くありません。

まずは「です」「ます」で話すことを第一目標とし、慣れて身についた人は尊敬語や謙譲語にトライする。そうやって言葉をブラッシュアップしてはどうでしょうか。最初から高い理想をめざすのではなく、スモールステップで着実な成長をめざすわけです。

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「態度」のクオリティーを上げれば応対全体の雰囲気も良くなる

丁寧語と合わせてお勧めしたいのは、「態度」も丁寧にすることです。

癖になった言い回しがつい出てしまう言葉遣いと違い、態度は修正しやすいという利点があります。丁寧語を使いつつ、態度のクオリティーを上げることで、温かなコミュニケーションは成立可能です。

では、どんな態度が患者の心をつかむのか、具体的な事例を見てみましょう。以下は、クリニックの医師やスタッフの態度に感動したという患者からのコメントの例です。

【事例1】診察室の入り口で立って患者を迎える医師に感動

初めて訪れた婦人科クリニックでのことです。混み合っていて皆さん30分以上待っていましたが、順番が来た人が診察室に入るとき、医師が入り口に立ち、「○○さん、お待たせして申し訳ありません」と言いながら迎え入れる姿が見えました。
「今日も素敵な色のカーディガンですね」などと声をかけていて、患者さんもうれしそうでした。待合室にいた他の患者さんもその様子を見て、温かい気持ちになったのではないかと思います。(40代女性患者)

【事例2】廊下でのスタッフの態度が洗練されていて驚いた

かかりつけの整形外科でリハビリを続けています。診察室からリハビリ室へ向かうとき、廊下ですれ違うスタッフは必ず端に寄って立ち止まり、こちらを優先してくれます。
軽く会釈をしたまま待機する姿がホテルマンのようで、無言でも敬意が伝わってきました。どのスタッフもそうなので、よく教育されているなと感心しています。(60代男性患者)

上記2つの事例に共通するのは、以下のように態度を少し変えることです。

・座ったまま迎える → 立って迎え入れる
・廊下ですれ違う → 廊下で一瞬立ち止まって会釈する

【事例2】では、無言のスタッフが高く評価されたことも注目に値します。態度は「目に入る言葉」といわれ、言葉以上に相手への敬意を示すこともある、重要なツールです。いつもの態度を少し変えるだけで、大きなインパクトがあることをおわかりいただけると思います。

この他にも、態度を変えるポイントはたくさんあります。以下は、診察室や受付ですぐにでも実践可能な態度の例です。

・パソコンに体を向けたまま会話を進める → 時々、体を患者に向ける
・画面から目を離さない → 時々、患者とアイコンタクトを取る

入力ミスがないよう画面に集中するあまり、なかなか患者に目が向かないこともあるでしょう。その場合は、せめて「応対の最初と最後」だけでも体をきちんと患者に向け、目を合わせてみてください。そこに笑顔を添えれば、印象はガラリと変わります。

たとえ巧みに敬語を使うことができても、スタッフの態度がぞんざいであればクリニックの印象は損なわれます。逆に、敬語に固執しなくても、きちんとした丁寧語を使い、そこに上質の態度が加われば接遇の質が下がることは決してありません。

いつもの言葉や態度をワンランク上げることで、クリニックのイメージ向上に役立ててみてください。

<執筆者プロフィール>
田中 美香(たなか・みか)
医療ジャーナリスト。出版社でヘルスケア系の書籍・雑誌の編集経験を積み、現在はフリーで活動。日経グループの健康情報サイトでドクターへの取材記事を毎月連載。研修会社で医療スタッフ教育に従事した経験を生かし、人材教育に特化した記事執筆も手がける。ライター業の傍ら、ビジネス文書講師として社会人や大学生への指導も行う。

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